ボーイフレンド量産型
「Look at me!!」

いきなり飛んできた英語と、痛いほどの強い力で引っ張られた腕に顔を歪める。変に捻ってヴァイオリンの演奏に影響出たらどうしようかと思った。
さっきまでどれほどの偶然で千石さんと観月さんと忍足先輩に会うんだと呑気に驚いていたのにと、流暢な英語を発音した人を見上げる。そしてさらに驚いた。

「え……、はっ?!」

瞠目して、そのまま瞬きも忘れてしまったかのようにその人を見つめる。いや硬直してしまったのだ。

「詩織……、I wanted to meet!」
「ひぃっ!!」

それから名前を呼ばれて早口で何かを言われた。でも動揺とかが凄すぎてもう何も聞き取れない。全身から変な汗が出てきて掴まれた腕に嫌悪感を感じる。数年前の記憶が甦り、ウザー王子だ、と脳が答えを出した。
私はばばっと腕を上下左右に振り、王子から逃れる。そして大急ぎで私を訝しげに見ていた忍足先輩の背中に隠れた。ぎゅっと忍足先輩の服を握り締める。

「先輩、お願いします、助けてくださいっ!」
「詩織ちゃん……っ、ええよ。後ろ隠れとき」

私が震えてるのに気付いてくれたのか、忍足先輩はそう言ってくれた。

「Who are you?You're what you of her?」

「ちょ、待ち。あーと……俺は忍足侑士いうもんで……まぁ彼女の彼氏やな。うん、ボーイフレンド」
「「は?」」

すごい剣幕でウザー王子が忍足先輩に詰め寄るが、忍足先輩はいつも作る無表情で淡々とそう言った。千石さんと観月さんが眉間にシワを寄せて、亮さんと淳さんも前に出る。

「ちょっと、今日彼氏なのは俺なんだけど」
「それ、もう終わった話だろ」

「……boyfriend?」

「ええ。I am her boyfriend」
「ちょ、ちょっと観月くん?!え、ずるい!俺が彼氏役したい!」
「だからそれは俺だから」
「亮はさっき一瞬でも味わっただろ」

はぁーっと長い溜め息を吐き出したのは忍足先輩だった。
それにしても、何故私の彼氏だとかそういう話になってるんだろうか。
揉めている皆を見つめているウザー王子をちら見したら、ものすごく愕然としたような表情だった。

「Wait!……Do that you we're all a boyfriend?」

「んふっ。That's right」
「はぁ?なんや観月、勝手に全員言わんといてくれるか?」
「まぁまぁ。この方はどうやら夢野さんが船の上で嫌いだと言っていた例の彼でしょう?彼女は気付いていないみたいですが、どうみても彼は夢野さんに気があるみたいじゃないですか。ならば新しい芽は早々に刈り取ってしまいましょう」

観月さんがふふっと小さく笑いながら忍足先輩に耳打ちしていた。よく聞こえなかったけど、私の名前が聞こえた気がする。
それにしても、とりあえず観月さんが全員を私の彼氏だと言ったのはわかった。なぜウザー王子の質問を肯定なんてしちゃったんだろうか。

「……That shouldn't happen!」

あ、今のは聞き取れた。
そんな馬鹿なって言っているみたいだ。私もそれには激しく同意したいが、再びウザー王子の前に出る勇気はない。
どうして日本にいるのかとか、色々聞きたいことはあるけど、記憶が彼を拒絶してしまう。

「詩織」

だけど、はっきりと私の名前を口に出されると、つい忍足先輩の背中から顔だして彼を見てしまった。

「Pray for the souls of your parents」

「あ……」

その声は悲しみに溢れていて、どこか切なくて。
彼が本心から私の両親のことを祈ってくれている気がした。

「あ、……ありがとう!クラウザーくん!」

そして私は思い出したのだ。
ウザー王子だと負の感情で呼んでいた彼の名前を。
リリアデント・クラウザー。それが彼の名前だ。

「I'm glad you are safe」

私が苗字を呼んだからか、険しい表情が少し和らいだクラウザーくんはそのまま目を細めた。
ほんの少しだけ唇が弧を描き、彼が笑ってくれたのだと理解する。

「……詩織ちゃん、普通に話せるようになったんやったら、前出てくるか?」
「そ、それは無理です!」

忍足先輩の背中に顔を埋めるように引っ付く。
もしかしたら、彼も成長して嫌がらせなんかしない人間になってるかもしれないけど、それでも面と向かって会話するなんか無理だ。

「ちゅーわけやから、すまんな。あーえっと、I'm sorry.She is scared of you」
「Do you understand that cause?……まぁ、わかってるとは思いますけどね」

忍足先輩と観月さんがクラウザーくんに話せば、こくりと小さく頷き「I was a pompous fool……」と呟く。

「詩織ちゃん、過去に何があったか詳しくは知らない俺が言うのもなんだけど、反省してるみたいだし、許してあげてもいいんじゃない?」

千石さんの台詞に確かに一理あるなと思い、忍足先輩から離れた。
木更津さんたちにも無言で頷かれて、ふうっと一度深呼吸する。

「えっとね、クラウザーくん。Still I have you scared.ば、ばっと!れ、Let me be your friend!」

怖かったことも伝えて、これからは仲良くしようねという意味も込めてフレンドって使ったけど、通じるだろうかと焦った。というか自分の英語に自信がない。

「I'm so happy I'm about to burst into tears!! Thank you so much 詩織!!」

すごく喜ばれたみたいで、忍足先輩と観月さんを押し退けてクラウザーくんが私の手を掴んできた。ぶんぶんと握手されたまま上下に振られる。
少し痛かったけど、何故かその時は彼が可愛く見えた。

「So, How do I get in order that I be your boyfriend?I want to become your lover」

「……あかん、自分、ちょっと違うところで話そか」
「恋人になりたいとか、口にするなんておとといきやがれって感じですね」
「公園か喫茶店に行ってゆーっくり話し合いしよっかー!」

興奮した様子の彼が早口で捲し立てるので私にはうまく聞き取れなかったけど、忍足先輩と観月さんと千石さんはきちんと聞き取れたようだった。
私の手と握手していたクラウザーくんの手を引き離してから、何やら彼に笑顔で告げている。

「亮さん、淳さん、なんだかお腹すきましたね」
「え?!今この状況で!」
「てか、あんなに食べてたのに?!」

私の発言に兄弟揃って驚かれた。
でもお腹が空いたんだから仕方がないと思う。

とりあえず、いつまでもトイレ前を占領しているわけにもいけないので、どこか食事がとれるお店に移動することにしたのだった。

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