潰えたはずの、希望
日本の愛知、その名古屋という都市の学校にテニスの全国大会のため交換留学生としてやって来たのは数週間前。
それから全国大会が始まるまでの間、東京で合宿をしつつ過ごすことになった。
同じように交換留学生としてやってきたチームメイトは東京見学すら興味ないようだったので、僕だけで街に出る。
テニスに関しては後進国だと思っているが、日本はその経済力で先進国だ。そして歴史も文化も非常に興味深い。
特に名古屋城は素晴らしい。
東京も浅草など見ているだけでも楽しかった。

「……Sinnsengumi……」

たしか幕末にいたという武士か。
映画の告知ポスターを見つめながらぽそりと漏らす。
下手くそな英語で詩織が教えてくれたなと過去を懐かしんだ。
数年前の日本の女の子に一目惚れした出会いと、それからの自身の天の邪鬼な対応のせいで最低な人間だと思われていた思い出の数々を思い出しては苦笑する。
あれほど仲の良かったご両親が亡くなって、きっと彼女は心細く日常を過ごしているに違いない。

フラりと入ったショッピングモールの映画館のホールを歩く。
自分の国とは少しシステムが違うのだろうかとあたりをキョロキョロした。
そんな時だ。

「亮さん、淳さん、あ、あの、お手洗いにいってもいいでしょうか?」

「あぁ、じゃあ前で待っとく」
「ベンチあるしね」

聞き覚えのある声に僕は自然と目がいっていた。柔らかそうな長い髪が彼女の動きに合わせてふわりと跳ねた。

「……詩織……?」

正面が見えなかった。だけどあの後ろ姿と声は彼女だと僕の中で誰かが叫ぶ。
無意識に足が彼女を追いかけた。

「Please……wait……っ!」

ざわざわと煩い館内で大きな声を出しても、周囲にしか届かず全く関係のない不細工な女性に振り向かれる。

「アタシですか?!やだ、ナンパぁ?!」
「No!not you!」

ふざけるなと付け加えたがったが、腕を振り払い、それ以上は無視した。

どうやら詩織に似た女性は化粧室に入ったようだ。それならばここで出てくるのを待とう。
出てきたときに違うと思ったら、そのまま何もなかったように過ごせばいいし、もし詩織だったら、僕が日本に来たことを知らせればいい。
そしておじさんたちの冥福を祈っていること、詩織のことを心から心配していたことを伝えよう。
何年か前の失敗を繰り返してはならない。
僕は彼女を傷付けるつもりはないのだから。

「げ。亮、あそこにいるの、観月なんだけど」
「え、マジか。目をあわせないように……ってすごいこっち見てるぞ!」

壁にもたれ掛かっていたら、すぐ隣のベンチに座っていた同じ顔の男二人が慌てたように帽子を深く被ったり顔を背けたりしていた。

「おやおや、木更津くんたちじゃないですか。んふっ君たち、仲いいですねぇ。二人で映画ですか」

「……いや、そういう観月こそ、一人で映画かよ」

「えぇ。でも今時珍しいことじゃないでしょう。それに氷帝の忍足くんもいましたよ。あぁ、ほらあそこに。んふっ、同じ映画を観ていたらしく……面白い偶然ですね」

「なんや自分らもきとったんか。……んー?木更津、自分ら……連れおるやろ?」

知り合いらしい男が集まってきた。
独特なしゃべり方の男の言葉を聞きながら、そういえば名古屋弁もあって、日本は地域で本当に色が変わる国だなと感心する。

「何を……」
「せやかて、パンフレット三つ分買ってるやろ?」
「おや、本当ですね。しかも別々の袋に入れてますし……さすが忍足くん、よく見てますね」
「それだけやないで。詳細は教えてくれへんかったけど、新撰組の映画見に行くって詩織ちゃんがメッセージアプリで言っててん。自分らの連れ、詩織ちゃんやろ?」
「「うっ!」」

そんな話が聞こえてきて、詩織の名前が出てきたことに目を見開いた。話の大まかなところしかわからなかったが、詩織という名前だけは聞き逃さない。

「亮さん、淳さん!た、大変です!!トイレから出てきたら同時に男子トイレから出てきた千石さんとばったりしましたっ!!」
「いやぁ、これはもう運命だよね!ラッキー!」
「って、えぇ?!」

そして化粧室から出てきた彼女に心臓が止まるかと思った。
間違いない。
詩織だった。
元気そうに話しているし、表情も明るい。

「んふっ、さすがですね。夢野さんで当たりみたいですよ」
「千石のおまけはいらんかったけどな……」

大好きな詩織に久しぶりに会えたという感動とは別に、さっきから詩織のことを話していて今も彼女の視線を奪っている男たちにイライラする。

僕がここにいるのに、まったく気づく様子のない詩織にも腹が立った。

彼女と彼らがどういう関係なのかもわからない。
だけど、べたべたと彼女に触れ始めた男たちについに何かがキレた。

「Look at me!!」

囲まれている詩織の腕を掴み、ぐっと僕に引き寄せる。同時に怒鳴った台詞はその場に響き、彼女はパチパチと大きな目を何回も瞬きさせていたのだった。

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