木更津兄弟と彼女と
「あ、おはようございます!」

待ち合わせ場所のバス停には淳の姿はなくて、夢野の姿だけがあった。
いつも背負っていたパンダリュックではなく、普通のリュックだけでも感動したけど、それよりも気合いが入ったように見える女の子らしい可愛い服装に胸が高鳴る。

「おはよう、服、……可愛いね。似合ってる」

「おあ!ありがとうございます!でも木更津亮さんも大変ですね女装癖があるとか同性が好きだとかないことをあることにされて……」

「は?」

緊張しているのか一呼吸でそう言い切った夢野に目と耳を疑う。
っていうか、淳はどんな設定で彼女を呼び出したんだろうか。意味がわからない。誰が女装癖だ。誰が男を好きなんだ。

「クスクス、大変だから今日は夢野に彼女役を引き受けてもらったんだよね」

後ろから近づいてきた淳がニヤニヤしている。
わけのわからない設定をつけたのはお前か。普通に遊ぼうじゃダメだったのか。

煩い蝉の鳴き声にはぁっとため息をつきながら、一度ぺしっと淳の頭を叩く。

「……付き合ってもらって悪いけど。でも今日はよろしく」

夢野の手をとってぎゅっと握った。その瞬間に淳が無表情になる。
夢野もひどく狼狽えていたけど「彼女設定なら亮って呼んだ方が自然だと思う」と耳元で囁けば「なるほど」と唸っていた。

「夢野、僕も淳でいいから」
「え?」
「俺の彼女役なんだから、淳関係ないじゃん」
「映画館行くまでその設定いらないよね」

ぎゅっと夢野の反対側の手が淳に握られる。左右で手をとられた夢野は目をキョロキョロさせてから「ば、バス!バスガス大爆発!」と叫んだ。
バスは大爆発したわけでもなく、ただバス停に到着しただけだったけど、テンパっていたのだろう。彼女は早口言葉を口にするほど必死だったらしい。

「「クスクス、相変わらず変だね」」

そう笑ったら淳と全く同じ発言で。
重なった台詞に苦笑する。

それからバスに乗って映画館のある大きなショッピングモール前まで行くことにした。
バスは一番後ろの席で横並びに座り、夢野を真ん中にする。手だけはずっと握っていたから、彼女は変な汗をかいていた。

「あ、あの、さっきから、チラチラ見られるのは……」
「あぁ、同じ顔だからじゃない?僕が髪切る前はもっと珍しそうに見られてたよ」
「まぁ男の長髪も目立つからだろうけど」

淳の台詞に付け足して帽子を深くかぶり直す。
それから窓の外を眺めれば背中越しに淳と夢野が会話している声が聞こえていた。

「淳さんも髪長かったんですか?」
「うん。観月にややっこしいから切れって言われた」
「観月さん……」

耳を傾けながら、握っている手の力を強める。
ピクリっと夢野の体が跳ねた気がした。
ちょうど次の停留所が降りる場所だった。
次、停まりますと車内に響いた録音音声に二人へと顔を向ける。

「小銭ちゃんと用意してるか?」

そう言ったらもちろんと淳が答えて。何故かそのやり取りに夢野がクスリと笑った。

「亮さん、やっぱりお兄ちゃんなんですね」

向けられた笑顔にかぁっと顔が熱くなる。
ドキドキさせようと思って握った手。なのに汗ばんできたのは俺の方だった。





「ポップコーンとジュースと……ホットドッグ!」
「いや、どれだけ食べる気なの」

シアターに入場する前に何か買おうかと思って列に並んでいたら隣で夢野に淳がつっこんでいた。

「っていうか、淳一緒にいるんだ?俺の彼女と?」

「亮、調子に乗ってるよね。俺が全部用意したのに」

夢野が本気で発言した全部を店員に頼んでる時、飲み物だけを頼んだ俺は淳と小声で言い合う。

「大体その設定があれだろ。その俺をバカにしてるクラスメイトはどこだよ」
「だからもうネタバレするってば」

ふうっと息を吐き出して、各自注文したものを受け取ってから、夢野の手元を見て淳と二人で取り上げた。

「「俺が持つから」」

また重なった声に眉間にシワを寄せる。

「……亮、任せる。……あと、夢野ごめんね。本当は君と映画を見たかっただけで亮の話は嘘なんだ。亮はクラスメイトとも仲良しだよ」

「え……!あ、え……っと、それは亮さんがクラスメイトさんと仲良しで良かったです……えっと、そんなに私と映画を?」

「「うん」」

同時にこくりと小さく頷けば、目をぱちぱちさせていた夢野は少しだけ吹き出した。

「ありがとうございます、私、嬉しいです。ただ、期待されるような面白さとか楽しさとか出せていたらいいのですが……捻り出しても気の利いたものが何も生み出せないような気がして……」

その台詞の終わりに「グー……」と夢野の腹が鳴った。

「ち、ちが!朝ごはんちゃんと食べてきたのに!に、匂いが!匂いが誘発を!!」
「「ぷっ、クスクス……」」

もう真っ赤な顔してわたわたする夢野が面白すぎて、俺たちは二人で顔を見合わせて笑う。
声も押さえられなくて、少しお腹が痛かった。

「ほんと、変な子。中に入って席についたら思う存分食べていいから、今はこれだけで我慢して」

ポップコーンをひと摘まみして、夢野の口に放り込む。それから彼女の唇に触れた指をそのままペロリと舐めた。

「……ほら行こう」

淳の声を聞きながら、デートはまだ始まったばかりだなと唇で弧を描く。
今度こそドキドキするのは君の番だよ?

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