返信と約束の日
パンダ詩織<忍足先輩、返信できてなくてごめんなさい。私は元気です。ヴァイオリン頑張るので、先輩もテニス頑張ってください。

ゆーし<ん、頑張るわ。せやけど、俺が勝手に送ってるだけやから気にせんでええよ。詩織ちゃんがたまに答えてくれるだけで嬉しいんやで。


昨夜は皆が帰ったあと、少し片付けをしてからお風呂に入って寝たのだが、メッセージを返さなければと朝思い出した。それからメッセージを送ってから、返ってきたメッセージに忍足先輩はやはりホストが天職なんじゃないかと思う。


パンダ詩織<幸村さん、遅くなってごめんなさい。私は生きてます。超元気です。ヴァイオリン頑張るので、幸村さんも無理せずにテニス頑張ってください。

幸村精市<よかった。俺も元気だよ。お互い悔いが残らないようにしないとね。


常勝校とかのプレッシャーって想像できないぐらい重いだろうなと考えただけで気分悪くなってきた。
コンクール……あの舞台の真ん中に立つだけで重圧を感じている私が情けない。

それだけ考えて、また朝からずっと繰り返している練習を続ける。予選での課題曲の中にパガニーニの24の奇想曲の第9番『狩り』があったのでそれに決定した。
全国大会コンクールの本選はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を選んだ。
決勝に行けたら自由曲になる。
その時はエルンスト編曲『シューベルトの『魔王』による大奇想曲』にしようと思っていた。パガニーニの悪魔的演奏に同じように魅入ったエルンストが編曲したその曲は、シューベルトの歌曲をヴァイオリン1挺で伴奏部分も併せて弾く、というものだ。

まずは予選、本選を進まなければいけないけど、行くつもりで練習をしている。

テニスに真摯な皆の姿を見ていたから、私も自分の力を信じて超技巧曲を選び、全力で立ち向かうつもりだ。

「……っと、明日だったっけ」

昼過ぎになってしまったので、昼食を食べようと素麺を湯がく準備をしながら、届いたメールにぽつりと呟く。
そのメールは木更津淳さんからで、例の木更津亮さんの彼女役で映画館に行く日だった。

「一応淳さんも一緒なんだ……。えっと、待ち合わせ場所はバス停で……髪は下ろしたままでできれば清楚でおしとやかな格好……パンダ類は禁止……」

≪……ごめん。今のは僕の好みも入ってたから、可愛い格好でも大丈夫。でも、スカートにしてね≫

「……わ、わからん!!」

だから服装なんてあまり気にしたことないのに!と天を仰いでから、ちーちゃんに電話を掛けてみた。
すぐに家に来てくれるとのことで、私は素麺を湯がいて食べて待つことにする。




「スカート……おしとやか系ならフレアスカートとかかしら。可愛い系ならプリーツミニスカートなんてどう?ほら、二つとも持ってるじゃない」

「わー、ありがとー。スカートにちゃんと名称があるんだねー拙者はじめて知ったでござるー」

本当に来てくれたちーちゃんに感謝をのべながら感心していたら、つんっとちーちゃんに額を小突かれた。

「それにしても、昨日テニス部の二年男子たちとそんなイベントがあったなんて、教えてくれても良かったのに。儲け時だったわね絶対」

「ご、ごめんね」

「ふふ、いいのよ。明日は付いていかせて……と言いたいところだけど、明日はサッカー部とバスケ部を追いかけないといけないのよね。残念だわ」

そっかと頷けば、ちーちゃんはそうなのといつも首からぶら下げている一眼レフのカメラを大事そうに撫でていた。

「ちーちゃんの夢はカメラマン?」

「ふふ、そうね。父は戦場カメラマンだったから、カメラマンも憧れるけど……でも本当になりたいのは、記者なの。スポーツとか例えばヴァイオリニストとか。夢を追いかけている人を追いかけていたいの」

そう照れ臭そうに笑ったちーちゃんはすごく眩しくて、なんだかとても綺麗だった。

「だから、詩織も追いかけさせてね」

そう笑ったちーちゃんはいつものちーちゃんだったけど、キラキラとした光を纏っていてまともに見れない。またぎゅっと心臓が掴まれたような感覚に陥って、私はカチコチに緊張で固まりそうな心の分身にパンチをした。

テニス部の皆といい、ちーちゃんや走っている時の流夏ちゃんもみんな本当に私に勇気をくれる。
これが前を向いている人の力なんだろうかと考えて自然と口元が緩んでいた。
お礼にとちーちゃんにパガニーニのラ・カンパネラを弾いて贈った。ポジショニング移動が少しうまくいかなかったけど、ちーちゃんはたくさん拍手をくれて、胸がポカポカしたのだった。




「よし!準備完了!」

昨日はちーちゃんが帰ったあともずっと練習していて、一度気分転換も兼ねて買い物に出てお弁当を買って食べたらまた練習していた。
また宍戸先輩に怒られるかなとか思いつつも、練習に熱中すると料理をする余裕がなくなるなぁと言い訳する。それからシャワーを浴びて寝たわけだが、その前にリョーマくんが≪反省はしたけど、待ち受けにもした。大丈夫、たぶん見せないから≫というわけのわからんメールをくれたので≪誰かに見せたらカルピンちゃんを拉致る≫とだけ返して寝た。
朝起きても返事はきてなかったので、たぶん今度こそ本当に反省してくれたにちがいない。

塗ったリップグロスが唇を照らす。
比較的落ち着いたとはいえ、このリップグロスを塗るとキスを思い出してしまうから恥ずかしいけど、他に持っていないし大丈夫だと言って自身を落ち着かせた。
上は傷のせいでキャミソールとか着れないから、できる限りレースのついた半袖の黒いシャツにして、下はちーちゃんの選んでくれた白のプリーツミニスカートにする。

「な、なんとか、可愛い格好になったかな……?」

一番難しかったのはパンダ禁止令だけど、鞄はお母さんの遺品からキャメル色のリュックを拝借した。

淳さんの兄弟愛と、亮さんの名誉のため、彼女役頑張ろうと気合いをいれて、マンションのエレベーターの下降ボタンを押したのだった。

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