音色が残る夜sideY.F
寮の門限を越えることになるので、今日は自宅に一日だけ戻ることにしていた。
なるべく音を立てずに自宅に入り、自分の部屋に向かおうと思った。だけど暗闇の中、階段のところに兄貴が座っていて盛大に悲鳴をあげてしまう。

「ふふっ、裕太。驚きすぎだよ」

跳び跳ねた心臓をばしばし叩いて落ち着かせようとしていたら、兄貴は悪びれることもなく電気をつけながら「それで今日は楽しかったかい?」と笑った。
まさか二年生全員で夢野とカラオケしたりすき焼きを食べたりしたのがばれているのだろうか。

「は、な、何が?」

「さっきの車、跡部のとこの車だよね?だから氷帝の日吉とか、合宿に参加してた他校の二年生と会ってきたのかなって」

なんでそんな洞察力とか推理力とか鋭いんだと焦ったら「なんて。桃と海堂に聞いたんだよね」と舌を出される。

「……は、反応見て楽しむなよなっ!兄貴は悪趣味なんだよっ」

「ごめんごめんって」

それでも唇の端を釣り上げ笑う兄貴は絶対反省していない。眉尻だけ下げてもムダだ。俺はわかってるんだからな。

「それで楽しかった?」
「ま、まぁ……」
「夢野さんとは──」
「俺、もう風呂入って寝るから」
「──裕太?」

兄貴の横をすり抜けて先に自室に入った。
少し乱暴に扉を閉めてしまったことは反省してる。でも今は兄貴の口から夢野の名前を聞きたくなかった。

「……カッコ悪ぃーな、チクショウ……」

上のTシャツを脱いで、はぁっと深いため息を吐き出す。
なんでこんなにイライラしているのか理由はわかってた。今日は途中まですごく楽しかったし、別に他校との関わりだって同学年同士ってこともあって面白かったんだ。
夢野の家にはびびったけど、でもすき焼きを食べ始めるぐらいまではいつも通りだった。

「でも……」

名前呼びって限られた面子だったから、特別なような気がしてた。
その特別は一瞬でなくなって。
それによく考えたら、俺の名前を呼んでくれてたのだって、兄貴の弟だって言われたくなかった俺のわがままだったし、だから。

「……俺って別に夢野にとってただの男友達なんだよな……」

それをはっきりと自覚した。
俺はただの同学年の男友達で、大勢いる内の一人なわけだ。

プールの時の兄貴みたいに然り気無く夢野に異性をアプローチすることもできないし、ただでさえ違う学校である。
普段の何気ない会話だって重ねることもできない。

「……マジで日吉が羨ましい」

心底思った。
同じ学校で同じクラス、夢野から聞いた話によると隣の席らしい。
だからこそあんないつも自然に隣なのかとため息をつく。
夢野からも頼りにされているようだし、何より俺なんかより仲がいいんだろうなと思った。
プールの時と同じくまた日吉に嫉妬する。

「……はぁ」

そういえば、財前たちは何が心配で俺たち二年を集めたんだろうか。
確かに最初夢野はこれでもかってぐらい挙動不審だったけども。

「…………ずっと鳴ってる……」

目を閉じたら瞼の裏に甦るのは、ヴァイオリンを弾いている姿だ。
それから笑ってる顔。

その時、ふっと周囲の人間の表情が気になって思い出そうとした。

「……あれ?そういえば、俺……自分の感情の整理とかであれだったけど、あいつらって夢野のことどう思ってるんだ……?」

夢野の様子がおかしいってだけで大阪から東京に来たりする財前とか。
いつも側にいる日吉とか。

俺が勝手に嫉妬や仲の良さに羨望の眼差しを送ったりしていたが、それって別に俺だけじゃないような気がした。

確かに分が悪いのはわかっている。
だけど夢野に対する気持ちを止められないのは、サバイバル合宿の時に痛感したんだ。

「……俺でいいなら、貰ってやる!」

あの時、勢いでそう言った台詞は嘘や冗談なんかじゃなくて。
プールの時に兄貴が落とした夢野への額の口付けに、兄貴に取られたくないと強い衝撃が走って確信した。

「……よしっ」

うだうだ悩むより、行動しようと答えにたどり着く。
まずは風呂だ。……自宅の風呂、といえば夢野と初めて出会った場所かと考えて、ぶんぶんっと慌てて首を振ったのだった。

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