音色が残る夜sideM.K
「じゃーな樺地」

そう言って俺を自宅前に降ろした跡部さんはそのまま窓を閉めて車を出発させた。

さきほど車内で少し眠ったような跡部さんの表情を見て驚いたことを思い出す。
きっと余韻に浸っていたんだと思った。
そのさざ波のような余韻は、静かに押しては引いてを繰り返し心を揺らす。

「……不思議、です」

ぽつりと漏らした自身にぎゅっと手のひらを隠した。
それから玄関の戸を開き「お帰りなさい」という母の声に「ただいま、です……」と返す。いつも通り「お風呂は沸いてますよ」と笑顔で続けられた。

こくりと頷いて自室によってから脱衣所に向かう。
脱衣所の煌々とした光に思わず目を細めた。

「……まだ、聴こえ……ます……」

また漏れた台詞に脱衣所にある鏡を見る。
そこにはいつもと違う表情の自身がいて、ひどく驚いた。

耳に残る音色は、ヴァイオリンの音色だ。
その音がまた波のように心に押し寄せてくる。一波、二波……と、それは時間がたつほどに大きくなっていく気がした。

「あぁ……、違い、ます……」

ヴァイオリンの音色よりも前に、それはやってきていて。

「崇弘くん!」

そう笑顔で呼ばれたその瞬間に、俺の心は波に拐われたのでしょう。

そっと瞼を閉じて深呼吸を繰り返した。

夢野さんは本当に優しい人だと思う。
はじめから、ずっと俺のことを忘れたことがなかった。
たとえ跡部さんの影になっていようとも……。
学園の女子の方々が俺に声をかけないときでさえ、貴女だけはいつも俺の名前を呼んでくれた。
あの無人島での合宿の夜の時も、だ。

だからこそ、いつまでも響いているのだろうか。
そうだ。
俺はきっと、嬉しかった……のです。

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