あだ名も君が呼べば特別に
「パンダ……っ!」
「こ、これは、また、すごい……」

パンダでダジャレを考えた方がいいだろうか。広いリビングに案内されてみんなが同じ感想しか出てこない中、必死に頭を回転させる。
だけど不動峰の石田が「あ」と小さく漏らして。

「みんな、先に夢野さんのご両親にご挨拶をしよう」

部屋の隅っこにあった二つの遺影の前で正座した。
その石田の行動にみんなが真面目な顔になる。
俺もすぐに手を合わせて頭を下げた。

「わぁ、きっと、お母さんもお父さんもたくさんお友だちが遊びに来てくれたからびっくりしてると思うよー!ありがとー!」

「……いや、ごめんっ」

「ひぃ?!天根くんはどうして自分で自分を今平手打ちしたの?!」

嬉しそうにはにかんだ夢野さんを見て、バシッと己を平手打ちした俺に目を見開いて驚いていた夢野さんにはまた悪いことをしたなと思った。だけどさっき頭の中で(遺影を持っていえーい)とかしょうもないことをまた考えてしまっていた俺が本当情けなかった。嫌だった。
ダジャレがなくなったら、俺じゃない気もするけど、今のこのタイミングはダメだ。本当によく考えないとと頭を抱える。

「え、えっと!天根くん、ごめんね!いつも一人だからご飯食べてるちゃぶ台がパンダしかなくて。ダイニングのテーブルじゃ全然足りないし、両親の折り畳み式の大きいテーブルが一つ向こうにあるから、運んで来てもらってもいいかな?あと、樺地くんも頼める?」

「ウス……!」

樺地の声と同時にコクンと大きく頷けば「あ、ダジャレじゃないね?」と小さく笑われて。
また今は言うべきだったと後悔した。
……でも小さく笑った夢野さんの表情が温かくて、ほんのりと口角が上がる。
たぶん俺は彼女が笑っている姿が好きなんだろう。
初めて会ったあの砂浜での寂しそうな後姿じゃなくて、純粋に笑っている姿をずっと見ていたいと思った。

「……っていうかさ、大きい鍋じゃなくてさ、普通サイズを二つにして、ガスコンロもあと一つ追加した方が便利だったんじゃないの。……財前って馬鹿なんじゃないかな……」
「俺もそう思った。人数わかってるんだから考えたらすぐ計算できるようなものなのにな」
「おい、そこの伊武と日吉!自分らんなとこで気を合わせてんとちゃうぞ!ほんまうざいねん!!ええやろ、ボケっ!」

すき焼きの野菜をざく切りにしてくれた喜多と海堂と室町に感謝していたら、伊武と日吉と財前が言い合いをしている。
まぁ俺もちょっとすき焼き鍋とガスコンロが二つあった方がこの人数には適してるだろうなとは思っていたけど、財前の言葉にトゲが何本も生えてるぐらいイライラしていたので口を閉じた。


「……よ、よし!野菜が煮えるまでの間、ちょっと決めたこと言っていいかな?!」

「どうかしたの?夢野さん?」

隣同士の間隔が詰まっているテーブルの前で夢野さんが大声を出したので顔を向けた。彼女の隣に座っている鳳が首をかしげて聞き返す。
もう一つの隣は相変わらず日吉で。日吉の隣が鍋を管理している財前だった。

「あ、あのね……っ!……ちょ、長太郎くん!!」

「……え?……え!あ、は、はい!」

突然、夢野さんは鳳の名前を呼んだ。
目の前で名前を呼ばれたからか、それとも名前自体を呼ばれたからかはわからないが、鳳の顔は見るみるうちに赤く染まっていく。夢野さんを挟んでその様子を見ている日吉と財前の表情が険しくなっていた。

「えへへ!……それから崇弘くん!」

「う、ウス……!」

「えっとね、京介くん!辰徳くん!雅也くん!それからアキラくん!」

「「お、おう……」」

どうやらここにいる二年生全員を下の名前で呼ぶことに決めたらしい。名前を呼ばれた不動峰の四人とも何故か顔を両手で覆っていた。特に神尾はさらに額を強くテーブルに打っていて、すごい音がしたから心配になる。

「えっと、い、一馬くん!」

「は〜い!」

いつもと変わらない笑顔で返事をした喜多は一番すごいと思った。

「一郎くん!」

「う、うん……」

「えっと……、その、赤也くん?」

たぶん見る限り怒ったらどうしようかという思いがあるのだろう。切原の時だけ夢野さんは困ったような顔で首をかしげながら呟いていた。
そのせいかどうかはわからないが切原は爆発音が聞こえるくらい一瞬で真っ赤になり「なんでアンタ俺にだけそんな顔……っ!いや、別になんでもねぇし!」と叫ぶが伊武と財前に睨まれて小さくなってた。

自分の順番が近づく度に心臓が早鐘を打っていて。
何故だろう。どうしてかはわからない。
妙な感覚だと頭の中の自分が暗闇の中をオロオロ歩いていた。
でも……俺の場合、下の名前は……

財前をぼんやり視界に入れながら、俺の方を向いた夢野さんを見つめる。

「……だ、ダビデくんって呼んでもいいかな?」

切原の時とはまた違う困り笑顔。
本名とかより以前に。
ただ、特別な名で呼ばれるのがこんなに嬉しいのかと、胸が躍るような感覚に目眩がする。

「いっすよ」

椅子を指差しながら答えたら、夢野さんは猫のように目を細めて、そして俺と同時にふっと吹き出した。

今まで名前で呼ばれていた何人かが複雑そうな表情をしていたけど、それでも夢野さんの嬉しそうな笑顔に何も言えないみたいだ。

あぁ……。
これって俺も彼女を下の名前で気軽に呼んだ方がいいのかなと思って、詩織……と声に出そうとして喉がつまったような感覚に陥った。

これは……いま、この場で発言するにはなかなか勇気がいる。

ちょうどすき焼きの野菜がいい感じに煮えたので、財前と石田がみんなの器に取り分けてくれたのを食べはじめたのだった。

26/140
/bkm/back/top/
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -