「深司に言われてすき焼き鍋持ってきたよ。寺で使ってる大きいやつ」
「ほわい?」
カラオケ店から出て通行人の邪魔にならないよう道路の隅っこで夢野に尋ねたら、きょとんとした顔をされて、石田が俺に続けて大鍋の入ったでかいバッグを見せたら、夢野は大袈裟なほど目をぱちぱちさせながら首を傾げた。
「鍋するんでしょー?夢野さん家でー♪」
喜多がうずまきほっぺと同じような能天気な笑顔で夢野の背中を押す。
「え!」
「?……あんた、知らなかったのか?」
「ええ?!」
海堂が首を傾げれば、夢野はまた大袈裟に叫んだ。
「こんな道路の真ん中で叫ぶなよ」
「いやいや、内村くん!私、何も知らない!なんてこった!」
注意した俺の肩を掴んで夢野はガクガクと揺さぶってくる。ちょうど後ろで「なんてこったパンナコッタ……ぶふっ」と呟いて一人で肩を震わせている天根にいらっとした。
「お、おーい、深司!夢野さん、何も知らないじゃないか!」
桜井が神尾と並んで店から出てきた深司を呼べば、深司はいつものトーンで「……そりゃ言ってないから、知らなくて当たり前なんじゃない?」って答えを返してくる。それを聞いてまた目を見開いた夢野を見て、森が爆笑していた。
「……まぁまぁ詩織。すき焼きパーティーやで、すき焼き。一人やとすき焼きなんかでけへんやろ?まぁ真夏で暑いけど。一人千円ずつの予算で今から買い物行こ」
「ひ、光くん!ど、どうして言ってくれなかったの!部屋、掃除とかしてないよ?!……はっ!冷蔵庫物色してたのってそのせい?!」
「気付くん遅いで。あと、部屋も別に大丈夫やって。そこもチェック済みやわ」
「おぉおぉぅ……」
計画の発案者である財前にそう言われて、スーパーにつくまで夢野は変な声で唸っていて。
相変わらず顔は可愛いのに変なやつだよなぁ……と息を吐く。
変といえばこのテニス部二年集合もだが。
深司に聞いたときは驚いた口が塞がらなかった。どうして他校と交流会みたいなことをしなくちゃいけねぇんだと、はっきりいっておかしいだろ。
だけどまぁ、根っこのところに夢野がいて。俺ら全員を繋いでるのはこいつかと納得はしている。深司をはじめ、夢野を恋愛的な目で好きなやつもいて。森のように夢野と過ごすことが純粋に楽しみなやつもいる。
そして俺のようにその状況自体を面白がったりしているのもいるはずだ。例えば喜多とか。
とりあえず納得はしているし、楽しんではいるものの、やっぱり客観的に見たらおかしいよな。
スーパーについたら、各々が散らばってすき焼きに必要な材料を集めることにした。
白菜やらネギやら、色々かごに積めていく。
「肉は忘れちゃいけねーな、いけねーよ」
「そんな考えなしに大量にいれない!ちゃんと計算しなきゃダメだろ!」
「なんか前から思ってたけど、金田くんってしっかりしてるよね!」
うまそう基準で選んでいるのか、高そうな肉を買おうとした桃城に金田が怒っていた。それを見た夢野が誉めて、金田が不二弟を気にしながらあわあわしている。
例のサバイバルから思ってたけど、金田とは気が合うんだよな。こうテニスに向き合う姿勢とか。
こんな人数だし、買い物中の主婦の方々から興味深げに見られた。けど、気にせず買い物を続ける。
夢野だけはそんな視線にオロオロしていたけども。
「内村くん!内村くん!聞いてよ!!光くんがすき焼きに割り下を準備しないで直接砂糖とかしょうゆとか酒とか入れるっていうんだけども!」
「あー、関西は確か作り方が違うんだっけ」
「いいじゃん、面白そうだから今夜の味付けは財前に任せたら」
俺がテレビの記憶を便りに返答すれば、神尾が砂糖をかごに入れながらそう笑った。
「珍しい方が楽しめそうだ」
「しゅうゆーこと……」
桜井が神尾に頷きながら料理酒を入れれば、天根が醤油をかごにいれてあの彫刻みたいな顔でつまんないことを呟く。それを見た夢野は棚に陳列されていたソースをとって見せて「そーすっか」とまた呟いたので問答無用で天根の尻に蹴りを入れたあと、夢野の後頭部を叩いておいた。
「……つか、でけぇマンション」
スーパーを無事あとにして、夢野が住んでいると言うマンション前までやってきたが、綺麗な高層マンションだった。前を歩いていた切原が足を止め、見上げて口を開けたままそう呟くぐらいの高層マンションだ。
「俺も今日の朝来てびびったわ」
「最上階だしな」
「…………ナチュラルに答えるなよ。いちいちムカつくなぁ……」
財前の台詞に日吉が頷いて最上階だと行った瞬間に、深司が舌打ちしながらボヤいていた。
「まぁまぁ」と室町が深司の肩を叩いている。
「最上階って何階なんだ?」
「あー、二十階だよー」
「夢野って……」
「あ!ち、違うよ!榊おじさんだよ!!」
不二裕太が夢野に首をかしげて尋ねて、そのあと一人で複雑そうな顔をしていたら、夢野が必死に手を上下に動かしていた。
「夢野さん、近所の人にすごく見られてるから、ロック解除してもらっていいかな?」
「ふぉ!今すぐに!!」
それからそりゃこんな高級そうなマンション前に中学生がわらわらいたら変な目で見られるよなとか思いつつ、鳳が苦笑して促して夢野にロックを解除させる。
「ありがとう、夢野さん」
「いえいえその、なんか変な感じだけど、みんな中入って!あ、さすがにエレベーターは全員入らないから、別れようね。二十階のボタン押してね!」
「ウス……」
挙動不審さがさらに加速していく夢野は慌てながら早口で三台あるエレベーターを指差していた。律儀に相づちをうってやる樺地は偉いなと思う。
「……ほ、本当にみんなが」
再び夢野を盗み見たら、緊張しているのかほんのり赤面していて。
きゅっと胸元で右手を握りしめて深呼吸している様子に少しだけ、ほんの僅かに、……俺の心臓が妙な音をたてた。
……元々黙っていれば可愛いとは思うと、だいぶ前に本人にも言ったけど。
その時初めて、不本意ながら、本当に可愛いと感じた。
深司や財前の気持ちにちょっとだけ共感したのは、俺だけの秘密にしときたい。
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