それに神奈川の病院でお世話になっていた時の先生が、この大学病院に異動していて少しお喋りをした。
相変わらず、面白い先生だった。
「……気のせいだよ、詩織」
それから精一杯スルー技術を要求されたのは、その先生と話しているときに横から会話に入ってきた男の先生が、忍足という苗字だった件である。
微妙に関西弁訛りがあったのも敢えてツッコムのは止めた。触れてはいけない。うん、正解。絶対に。
「……っ、夢野さん……?」
「……え?」
病院の大きな待ち合いなどがあるホールで、不意に名前を呼ばれた。
振り向いたけれど、特に知り合いらしき人は見えない。
ただ、すごく美人な人が私を見ていたので、目があってしまう。
その人は驚いたように目を見開いていた。
「……えっと」
「あ、ごめん……、俺のこと……覚えてないかな?」
「!」
女の子だと思ったその人は、男の子だった。
その瞬間に、このやりとりを前にもやっていることを思い出す。
「……立海で花壇の手入れをしていた先輩、ですよね?」
「そ、そう!……嬉しいな。君に覚えてもらっていたなんて」
どうやら間違っていなかったらしい。
あの時も、女の子だと思って近付いて、制服が男子仕様だと気付いた時に大変驚いた。というか、たぶんその時失礼な発言をしてしまったはず。だから、私の苗字も覚えていてくれたのだろうか。
「……その、先輩はどうして此方に」
立海の先輩なんだから、神奈川に住んでいるはずだ。
「あ、あぁ。俺は神奈川の病院に入院しているんだけどね。手術を担当してくれた先生がこの大学病院に異動されたから。……体調もいいし、外出許可をもらって挨拶に……」
聞けば、私が神奈川で入院していた病院だった。
入院期間も被っていたみたいだ。
ということは、あの先生に会いに来たのだろう。
「先生なら、さっきB棟の2Fにいましたよ」
「え、ありがとう」
それから一礼して、すぐに花壇の先輩に背中を向ける。
うっかり長居してしまった。流夏ちゃんに終わったら電話しろと言われていたのだ。早くしないとお菓子を要求される。
「あの、夢野さん!俺、幸村精市だから!覚えていて……っ」
「え、あ、はい!……えっと、お大事に!幸村……さん」
再び声をかけられたので振り向いたら、ものすごい美しい笑顔を向けられていた。
え、あれ、神々しい……っ!
転校した私が先輩とつけるのも変かなと思って、さん付けにしてみたが、様付けした方がいいぐらいの神々しさだった。
まぁ様付けなんて中学生の先輩につけるのは、可笑しいだろう。似合う人なんているはずない。
「ごめんなさいっ、跡部様がいたっ!!」
『……何の話よ』
流夏ちゃんに電話をかけた瞬間に思い出し、つい叫んでしまった。
……流夏ちゃんに怒られた上に、お菓子を請求された。なんという孔明の罠。
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