優しく甘く染み渡る
「十八時までフリータイム!カラオケ!」

三回ぐらい同じ台詞を繰り返した。
鳳くんがそんな私を見て「夢野さん、口開きっぱなしだよ」と教えてくれる。

でも仕方がないと思うんだ。
テニス部の二年生みんなでカラオケだなんて。
しかも私をその中にいれてくれるなんてびっくりじゃないか。

「いや〜、夢野さんならもう違和感ないよ〜。合宿いつも一緒だしー」

喜多くんに笑われて恥ずかしくなった。どれだけテニス部の合宿などにお邪魔させてもらったんだろう。テニス部のファンの人たちが各校に存在していたら、もうこれは呪詛を仕掛けられても仕方がないレベルである。

「俺、こんな人数でカラオケとか生まれて初めてだ」

「さ、桜井くん!私もだよ!でもこの分なら私、歌わなくてもいいかも!」

「いや、夢野、ここはトップバッターだろ?」

「うんうん」

桜井くんに相槌を打ったら、内村くんにそんなことを言われた。内村くんの隣でうんうん頷いている森くんが一番憎たらしい。

「いやだー!緊張して死んじゃう!!」

ただでさえ男の子ばっかりで緊張するのに、その前で歌うだなんて私を殺す気か。しかも一番最初とか心臓が口から飛び出す。絶対死ぬ。どっちにしろ、マイクが回ってきたら死ぬ。

ちらりと若くんを視界に入れたら、マイクが回る前に呼吸困難で死ぬ気がした。普通にしようとしても、顔を見ると全身が熱くなる。だって、あの若くんとキスをしたなんて。

「あ、あの、夢野さん?少し、痛いかな……」
「ウス……」

声に慌てて顔をあげると、鉄くんと樺地くんが苦笑いをして私を見下ろしていた。どうやら柱に隠れるつもりが、必死に掴んでいたのは鉄くんと樺地くんのお腹の辺りだったらしい。慌ててごめんなさいと何回も謝った。

「……やっぱりそういうことだよね。あーぁ……財前、俺、完全にわかっちゃったんだけど…………足引っかけてやろうかな……」
「アホ。俺も集合場所でわかったっちゅーねん。室町と切原のアホでさえ気づくやろ、さすがにこれは」
「え?」
「わかったのか?!」
「自分ら二人とも脳味噌ババロアかなんかなん?ボケてたらしばくで?」
「「ひどっ!!」」

斜め前で光くんと深司くんが十次くんと切原くんを叩いたりしてじゃれあっていた。チャット仲間としてそこに入れてないことに少し悲しくなる。
というか切原くんに場所取られたとかちょっと嫉妬してしまった。

大人数用の広い部屋に案内されて、皆がそれぞれ席に腰を掛けていくのを見て若干慌てる。
いつもなら間違いなく若くんの隣に行こうと思った。でも足が進まない。鳳くんは若くんの隣だし、樺地くんもそうだ。光くんたちはさっきの四人で何やら話し込んでいて輪に入れそうにない。

「何突っ立ってんだよ!バカ夢野っ」

そしたらいきなり背中をバシッと叩かれた。振り向いたら神尾くんで。

「神尾くん、……どこに座るの?隣座っていい?」

おずおずと尋ねたら、驚いたような顔をしてから「……別に構わねぇーけど」と頷いてくれる。

不動峰のみんなの側かなと思ったら、桃ちゃんと薫ちゃんの隣だった。もちろん不動峰の皆も近くにはいた。

「お、夢野、珍しいな!」
「アンタ、何飲む?俺がまとめて持ってくる」

ドリンクバーらしくて、薫ちゃんが私の分も持ってきてくれるらしい。桃ちゃんが「夢野の分だけ聞くとかマムシのくせにすみにおけねぇーな、おけねぇーよ」とからかって。赤くなって怒鳴った薫ちゃんが可愛くて笑ったら、薫ちゃんに「笑うんじゃねぇ」と怒られた。やっぱり可愛かった。

「……んー」

「神尾くん、何歌うの?」

内村くんにまた夢野歌えばとか言われたけど聞こえなかったふりして、タッチペンを動かし曲を探しているらしい神尾くんの手元を覗き込む。

「……っ、流行りの曲とか、なら、なんでも歌えるし……」

「そっかぁ!神尾くん、歌うまそうだもんね!」

「いや、カラオケなら俺より桜井の方が──」

デンモクから顔をあげて神尾くんを見たらちょうど神尾くんも私を見ていた。私が覗きこんでいたせいもあって、距離が近くなっていたらしい。知らずのうちに体が引っ付いていて、神尾くんの顔がすぐ目の前にあって私は硬直してしまう。
そのまま一瞬にして顔が真っ赤になった。例のキスを思い出してしまったせいだ。

「ご、ごめっ!私……っ」
「うおっ?!」

慌てて神尾くんから離れるために立ち上がったら、ちょうどジュースを持ってきてくれた薫ちゃんにぶつかってしまう。なんてタイミングが悪いんだろうか。

「わぁー!桃ちゃん、ごめんなさっ……あ、薫ちゃんもせっかく持ってきてくれたのにっ!」

「いや、俺はまたいけば済む話だ……」

そう言って大丈夫だと言ってくれる薫ちゃんの優しさを感じながら、私が頼んだアイスティーをかぶってしまった桃ちゃんに視線を戻した。
それから急いでハンカチを取り出して桃ちゃんの濡れた箇所を拭っていく。

「ちょ、夢野!俺は大丈夫だから!平気だって!」
「でも私のせいで──」
「いやそこは、そのっ!!」

ぐっと両肩を強い力で押さえ付けられて頭が真っ白になった。もしかしていつも怒らない桃ちゃんを怒らせてしまったのだろうか。

「……お、男の大事なところだから、女子が触っちゃいけねぇーないけねぇーよ」

「……へ?ひきゃあっ!!」

わ、私は痴女かー!!
他の皆も私の行動に呆気に取られていたのか、めちゃくちゃ凝視されていた。やがて森くんが吹き出し「たまたま、玉を触る……プッ」と天根くんが漏らして「下ネタかい!」ってつっこんだ光くんのやり取りにもう羞恥心が限界を超えそうになる。

「……夢野、だ、大丈夫か?」
「そういうことも、あるよ、うん」

優しい声音でそう言ってくれたのは、裕太くんと金田くんだったけども、その優しさですら今は心に痛い。

「ごめ、ごめんなさいーっ!!」

もう顔面を両手で覆うくらいしかできなくて、全身沸騰してそのままドロドロに溶けて消えてしまうんじゃないかと思った。むしろそうなった方がいいかもしれない。そしたらこの場から逃げ帰れる。

「……夢野」

ぐいっと、誰かが床に座り込んだ私の腕を引いた。
真っ直ぐに立たせて私の手を顔から引っ剥がす。

「わ、若くん……」

名前を呼ばれた時から彼だとわかっていた。
涼しげな眼差しで私をじっと見ていた若くんは、やがてゴスッとすごい音を鳴らして私の頭にチョップを落とす。

「い、いったぁー?!」

「何馬鹿やってるんだ。人に迷惑をかけるのもたいがいにしろ」

「う、面目ございませぬ……っ」

それから手首を掴んで、鳳くんと若くんの間を少し空けてそこに私を座らせてくれた。

「夢野さん、俺、アルコール消毒持ってるよ!」
「ウス……!」

鳳くんが大真面目な顔でアルコール消毒の小さい容器を取り出してくれて、樺地くんまで力強く頷くもんだから吹き出してしまう。
そして桃ちゃんが鳳くんに「どういう意味だよ!」と叫んで、同時に皆が笑った。
それから神尾くんが歌いはじめて、みんなも曲をいれ始める。
喜多くんがきゃぴきゃぴしたアイドルソングをいれたときは裏声にすごくびっくりしたし、天根くんの演歌には拍手を送った。また途中で金田くんが持ってきてたタブレットPCで新垣くんとビデオ通話もしたりして。

「ほら夢野も!」

「も、もう!内村くん、私、本当にうまくないからねっ」

また内村くんに催促されて、みんなの前で歌った時にはだいぶ緊張も羞恥心もなくなっていた。
色々あったけど、けっきょくすごく楽しんで、いつのまにか若くんとも普通に会話して笑って。
このカラオケの計画を考えて実行してくれた光くんに感謝する。

「……言っとくけど、俺たちも協力したんだからね。切原はほとんど存在していただけだけど」
「伊武っ、実は俺のこと嫌いだろ?!」
「あ、俺はちゃんと協力したから!」
「室町の裏切り者!」

やっぱりいつの間にかチャット仲間である深司くんたちと仲良くなっている切原くんに嫉妬したけど、でもテニス部のみんながライバル同士なのに仲良くなっててすごく嬉しかった。

「でも切原くんずるい!」

えいってほっぺたをぺちっと両手で挟むように軽く叩いたら、切原くんがきょとんとした顔で目をぱちぱちさせる。

「……え、ず、ずるいって、な、何が」

「私の深司くんと光くんと十次くんを返してー!」

「「ぶはっ!」」

切原くんに訴えたら何故か三人が噎せていた。
よくわからなかったけど、三人に気を取られていたら、いつの間にか切原くんが私の頬を同じようにぺちっと挟む。

「あ、アンタが俺と遊んでくれるなら、三人は返すけど?」

ん?それって結局私と深司くんたちが離れちゃうんじゃ?と思ったところで光くんが切原くんに拳骨を落とした。

そんなこんなで、楽しい時間はあっという間で……いつの間にか十八時になっていたのだった。




「……日吉。自分、俺らの意図、わかってくれたんやな」
「別に……ただ、避けられてるままじゃ何も進まないからだ」
「ふぅん、でも自分勝手に進ませるのはやめなよ。……わかってくれたと思うけど、詩織のコンクールが終わるまで待った方がいいと思うけど?」
「伊武の言う通り、詩織の夢の邪魔になったらダメだと思う」
「……さっきそこの切原は抜けがけしようとしてなかったか?」
「あいつはアホやから」
「財前!お前も俺のこと嫌いだろ?!」

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