この時が永遠なら
「……ふぁぁあぁ……!若くんの眼鏡姿、すごく知的でかっこいいねっ!」

俺の姿を確認して、嬉しそうに駆け寄って来たかと思ったら挨拶よりも先にそう大声で言われた。
夏の日差しが強い時間帯ということもあってか周囲には通行人も誰もいなかったが、あまりの声の大きさと台詞のそれに一気に顔へと熱が集中する。

「……っ、夢野、恥ずかしいから大声を出すなっ」

「ご、ごめんなさい!あ、こんにちは!」

「あ、あぁ。……ちゃんと道、わかったみたいだな」

ここから少し歩いたらすぐだと言えば、夢野はまた嬉しそうに笑っていた。
その笑顔に鼓動が大きく脈打って、視線や手が落ち着かなくなる。
ずっと耳煩いはずの蝉の声がやけに遠く感じた。



「……ここだ」

「おぉぉ、道場も!すごーい!若くんっぽいね!!」

「ぽいってなんだ。間違いなく俺の家だが」

「だから、雰囲気が若くん!って感じ!」

「……何を言ってるんだ、お前は」

家についてもそわそわして落ち着かない。
夢野もよく喋るのは俺と同じなんだろう。
とにかく近所の目もあるので、玄関前じゃなくて家の中に入れようと思って夢野の背中を押して促す。

「あらあら、いらっしゃい……」

「……祖母だ。こっちは俺のクラスメイトの夢野──」
「若くんのおばあちゃんですか!初めまして!夢野詩織と申します。いきなりお邪魔してすみません!」
「──彼女は宿題をしに来たんだ」

「ふふふ、そう。若をよろしくね、夢野さん」

「は、はい!あ、ですが、宿題をよろしくしたいのは私の方ですけども」

コロコロと笑って廊下を歩いていく祖母に夢野は何か言っていたが、絶対祖母は今祖父にこのことを楽しそうに話に行ったに違いない。そして何か勘違いをしているんだろう。

「あ、若。そちらが夢野さんね。夢野さん、若の母です。うふふ、話を聞いていた以上に可愛い」
「母さんっ」
「あ、ごめんなさい。何もないけどゆっくりしていってね」
「夢野、俺の部屋はこっちだ」
「え!まだお母さんにちゃんと挨拶できてないよ?!」
「いいからっ!」

早く自室に入らないと心臓がもたない。
母には昨日の夜に明日午後にクラスメイトがくることと、それが夢野という名で女子だということも伝えていたが、その辺りからソワソワと落ち着かなくなっていた。
また盛大に勘違いをしているんだろう。父や兄にまで何か言おうとしていたので必死に止めた。父は朝から道場で顔を合わせることはないだろうし、兄が朝から出掛けてくれて本当に助かった。


「わからない箇所が出てきたら言えよ」

「うん、その時はお願いしまする!ひとまず自力で解いてみるー」

母が置いていったらしい、ちゃぶ台の上にあった冷えた緑茶を一口飲んでからノートを開ける。
暫くシャーペンを走らせる音だけが響いていた。

ちらりと、ぶつぶつ言いながら問題を解いている夢野に視線だけを向ける。
いつもと違う髪型も、いつもより気合いが入ったように見える洋服も、うっすらと色付いた唇も、全部俺だけのために用意されたものだという事実がただ嬉しくて。
夢野は難しそうな顔で変な唸り声をあげて宿題に向かっているだけなのに、俺はきっと破顔している。
綻びまくった口元を手で覆いながら、そっと瞼を閉じた。

「…………?若くん?気分悪いの?」

「……いや……」

破顔一笑していただけだなんて、夢野に言えるわけない。

心配そうに首をかしげる夢野に「気にするな」とだけ言って、ペンを動かした。
夢野はそれを見てから、同じようにまたノートに視線を落とす。

ただ同じ部屋で宿題をしているだけだ。
その部屋は確かに俺の部屋だが、ただそれだけで。
甘い雰囲気も、特別な何かがあったわけでもなくて。

一緒の空間に二人っきりでいるということが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。

「……時間……」

「ん?」

「……いや、なんでもない。気にするな」

「んー?あ、すごい!まだ少ししか経ってないのにこんなに進んでる!やっぱり若くんがそばにいるから心強いのかな?!」

無邪気にそう言って笑った夢野にずっと煩い鼓動がさらに音量をあげた気がした。

時間が止まればいい、なんて。
似合わないことを考えてしまったのも、声に出してしまったのも、全部夢野のせいだ。

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