想い出が増えたなら、それは幸福
なんだかんだでプールはすごく楽しめた。

最初は夢野さんのことで胃の辺りがそわそわするというか、落ち着かない気持ちでいっぱいだったけれど。
夢野さんに付いてきていたことがバレてからは、気が楽になって思いっきり楽しむことにしたのだ。
トイレから帰ってきた夢野さんは髪を束ねて上げていたし、その時まできっちり着ていたラッシュガードを開いて中の水着姿が見えて、すごくドキドキした。
不思議だったのは、他の女の子三人もずっと水着だったし、特に篠山さんはビキニタイプだったんだけど、何故かまともに直視できなかったのは夢野さんだけで。いやもちろん、四人とも目のやり場には困ったけど。それでも一番露出の少ないはずの夢野さんにドキドキして、いつもと違う髪型に胸がこう、ふわっとした気持ちになった。

「夢野さん、水着可愛いね」って言ったときに「ありがとうでござるー。本当はパンダのやつが良かったんだけど、それビキニタイプで……泣く泣く諦めたでござるよ」と俺が水着を誉めたから照れ隠しなのかござる喋りになっていて。そんな彼女もまたらしいなと思いつつ、今でもこんな状態なのにもっと肌が露出していたら俺の心臓が持たないよと思った台詞は飲み込んだ。

ウォータースライダーで仁王さんと柳生さんが相乗りになった女子大学生の人たちに高校生以上だと間違えられた上に軟派されていて「あ、別行動していいですよ」と言ったら滝さんと幸村さんが二人に「じゃあねー」と笑顔で手を振って俺に続いた。仁王さんたちはすごく慌てていて、こんなにも余裕がなかった人たちだったかなと首をかしげる。

篠山さんや及川さんも学校で見かけたときよりも面白い人だなと思ったし、三船さんも表裏なくてわかりやすかった。……そのせいで少し立海の人たちが可哀想だったけど。特に切原は個人的に三船さんを怒らせてしまったんじゃないかなと思う。そうだろうなと確信できるぐらい扱いがすごかった。

プールでは団体行動のせいか、あまり夢野さんと会話らしい会話もできなかったけど、たぶん俺だけじゃなくてみんなそうだったみたいだ。日吉も、不二くんも特にそんな雰囲気にはなってなかった。それから宍戸さんが波乗り体験というサーフィン体験のアトラクションで爽やかに乗りこなしていたのは流石だった。桑原さんもすごかったし、丸井さんや向日さんもさすがの運動神経だった。

そんな感じで色々みんなで楽しんだ形になったわけだけど……。



「じゃあねっ、流夏ちゃん!それと切原くんや立海の皆さん!お気を付けて」

「っ!あ、アンタも気を付けろよ!」

「代表で名前を呼ばれたぐらいで調子にのんな」
「なんで赤也が代表扱いなの?」
「ひいっ?!」

プール施設を出た広場で駅に向かう立海の人たちに手を振った夢野さんの発言のせいで切原が三船さんと幸村さんに挟まれて凄まれててちょっと気の毒になる。
仁王さんと柳生さん、それから柳さんや丸井さんが夢野さんに手を降って、夢野さんは勢いよく振り返していた。
不二さんたち兄弟は自転車らしく、手を振って別れた。ちらちらと不二くんの方が俺らがまだ夢野さんと一緒にいることを気にしていたみたいだった。

「あ、私は迎えの車が来たみたい〜。ちーちゃんは乗っていくけど、詩織ちゃんはどうする?」

及川さんは跡部さんほどではないけど、どうやらお金持ちらしい。迎えの車は黒のベンツだったし、ナンバープレートが9のゾロ目だった。

「……ナンバープレート、あの車種でゾロ目って……及川さん家……堅気やないんちゃう?」

ぼそりと忍足さんが何か言っていたがよくわからなかった。とりあえず、夢野さんの写真でお小遣い稼ぎと笑っていた篠山さんは本人曰く庶民らしい。

「私はスーパーに買い物に寄らなくっちゃ!ティッシュペーパーきれたんだよ。あと、ご飯もない!むしろお米がない!死んじゃう!!」

「ご飯ないならお菓子を食べちゃえば〜」

「タマちゃん、マリーアントワネット!」

そんな会話をしてから、二人が乗っている車に手を振った夢野さんはその場から動かない俺たちを不思議そうに見上げる。

「さようなら?」

「もぉー!詩織ちゃんのバカ!ちゃんと送っていくCー!」
「クソクソ詩織のバカ!ジローの言う通り、安心して送られろ!あと、買い物にも付き合ってやる!」
「バカバカ言わないでください!本当にバカになっちゃう!あとなんで岳人先輩はそんな偉そうなんですか!」

いつもみたいに騒がしくなって「荷物持ってくださいねっ」と受け入れた夢野さんに、つい笑ってしまう。

「お、鳳くんに笑われた……」

「あ、ごめん。ただ、嬉しくて」

「へ?」

きょとんとした夢野さんにまた笑顔になる。だって夢野さんが俺たちと過ごすのが当たり前になってきてくれてるみたいで、それが嬉しかったんだ。


「おい、夢野。米はこれでいいのか?」

帰らずスーパーにまで一緒に来ている日吉にも口元が緩んでしまう。あぁ、ずっと不機嫌そうな顔してて素直じゃないなぁと思った。けど、もしかしたら二人がいいってことかなとか考えたらまた笑ってしまった。

「おい、鳳。その顔やめろ」

「眼鏡かけてないのにどんな顔してるかわかったんだ?コンタクトもしてないよね?」

「不愉快な視線を感じたんだ」

日吉はそう言って肩を軽く叩いてきた。
横を見れば、スーパーの中でも騒がしくしている向日さんと芥川さんに忍足さんと滝さんが注意している。夢野さんはちょうどカートを押している宍戸さんと並んで歩いていた。

「カップラーメンは非常食にしとけ。……お前、ちゃんと自炊できてんのか?」
「当たり前じゃないですか!ちゃんとバリバリ自炊して料理が上達して毎日作ろう……としてたけど……も」
「おい、フェードアウトしてんぞ。はぁーっ、やっぱお前、あんま食べてないだろ。……榊監督に連絡すんぞ」
「やめてー!!後生です、やめてくださいー!食べます、ちゃんと自炊しますーっ、だからやめて!榊おじさん、シャレになんない!花柄エプロン姿で毎日やってきちゃう!」
「ぶはっ!!」

夢野さんの発言に吹き出して、宍戸さんはケラケラと笑いながら彼女の額を小突く。
そんな様子を見ていたら、なんとなく自分が知っている宍戸さんと違和感を感じた。

「ん?長太郎、若。ぼーっとこっち見てどうした?」

「え、……」

隣を見たら、日吉も宍戸さんと夢野さんのやり取りを同じように見てたらしい。
眉間に皺の寄っている日吉に、また胸がざわついた。

宍戸さんにとって夢野さんはただの後輩なのだろうか。
俺にとって夢野さんは……

増えた想い出の幸福に浸かりながら、俺はそこに溶けている感情にまた蓋をする。
それを知ってしまったら、きっともう後戻りができないと思うから

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