夢野さんがトイレに歩いていったのを見送りながら、隣にいる蓮二に話しかける。
蓮二は黙々とうどんを啜っていたが、俺の言葉に箸をおいて顔を向けてくれた。
「……一応今日はすごく我慢してみたんだけど」
「あぁ。俺の予測では不二周助の額に接吻シーンでお前が突撃する可能性が85パーセントだった」
うん、そうだね。あの時ものすごい勢いで夢野さんの浮き輪から不二を引っ剥がしたかったよ。
でもそれを耐えた。
夢野さんに俺のこの想いが重たいって思われて嫌われても嫌だったからだ。
「……忍足が行動してくれて良かったよ。じゃないと俺、限界だった」
はぁっと息を吐いて額に手を置いたら「幸村部長ーっ」と丸井と飲み物を幾つか持ってきた赤也がアイスティーを手渡してくれた。
ありがとう、と微笑めば、赤也はジャッカルたちの方へかけていく。
「……赤也も丸井も元気になったね」
「そうだな。柳生と仁王はまだ元気というわけではなさそうだが」
「……ねぇ。俺の勘違いだったら言って欲しいんだけど、俺以外もそうなのかな」
「そう……とは?」
柳がぴくりと眉間を動かしたのを見逃さない。
「わかってるくせに。……夢野さんのことだよ」
「……あぁ」
短く頷いて柳はまたうどんの入った器を手に取る。
ずずっと汁を飲んだ。
「……本気かどうかならば、仁王と柳生はそうだろうな。丸井と赤也は本気かどうかはわからない。ジャッカルはまだそういう目で見てないだろう。少なくとも今は。……ここにいないが弦一郎は、好意的ではあるようだが──」
「蓮二は?」
「──そう言うだろうと思っていた。ふっ、お前から見てどう思う?」
蓮二の台詞と上がった口角にいらっとした。
赤也からもらったアイスティーを飲むため、ストローに口をつける。
「……どうでもいいよ。俺は負けないから」
そう言って飲んだアイスティーは味がしなかった。頭の中がうまくまとまらない。
そんなとき、三船さんと目があった。
俺は慌てて席をたって三船さんたちの席に向かう。夢野さんはまだ帰ってきていない。
不二に訝しげな目で見られたけど、気にしている場合じゃなかった。
「三船さん、どうして俺らのこと……いや俺のことを嫌ってるのか教えてもらっていいかな?」
この子から発せられるオーラが俺や柳たちを嫌悪しているのには気づいていた。赤也もこの子にはめられたわけだし。まぁ俺もだけど。
「……はぁ。まぁいいでしょう。何故私があなた方を嫌いか。体験入学の時に詩織を怖がらせたからですよ」
「え?俺、夢野さんに初めて会ったのは君たちが入学してきてからだけど」
「知ってます。そうじゃなくて間接的に……。私が言えるのはこれぐらいです。どうせ詩織も覚えてないですし、……失礼します」
そう吐き捨てるように言って、三船さんは夢野さんが歩いていったトイレに向かっていった。
「……む」
蓮二が一人で考え込んで、何かを思い出そうとしている様子だった。記憶力のいい蓮二なら何か覚えているのかもしれないが、俺にはさっぱりだ。
三船さんがダメなら、残り二人。
篠山さんと及川さんに微笑んで見るが、篠山さんはそれを写真に撮って「詩織の写真が入り用ならいつでも言ってくださいね。売らせていただきますよ」と笑った様子から一筋縄じゃいかなさそうだなと思った。
というかこの子といい、三船さんといい、どうして夢野さんの回りの女の子は俺と相性の悪い属性かなと舌打ちする。
「……及川さん」
「はい〜っ!」
嬉々として俺に返事をしてくれた及川さんは、爛々と輝く目で俺を見つめていた。
その目で見つめられると、じわりと罪悪感が浮かび上がってくる。
味方につけられるとしたら、この子かなと思ったけど、及川さんが手にしていたスマホの待ち受け画面を見て吹いた。
跡部だった。
よくみたら、スマホケースも跡部一色に染まっていた。
「…………中学一年生の頃の跡部の写真あるんだけど、後で送るから連絡先交換してもいいかな?」
「もちろんですとも!!」
鼻息荒く了承してくれた及川さんは、すごく満面の笑みを浮かべていたけれど「幸村さんの味方にならせていただきたいですが、もし跡部様と鳳くんと日吉くんが味方になってくれって言ってきたら、その三人の絶対的味方になっちゃいますから、ごめんなさい〜」と続けて伝えてきて、のんびりした口調とおっとりした雰囲気とは違って、すごくしっかりした子なんだと気付いた。そして一番厄介かもしれないとも。
将を射んと欲すればまずは馬を射よ。と言うけれど
その馬が超強靭な甲冑で全身包まれていたらどうするべきなのかなと思った。
それから、トイレから帰ってきた夢野さんが髪を一つに纏めてポニーテールにしていて。
三船さんの指示なのか、ぴっしりとジッパーを上まで上げて止めていたラッシュガードも今はジッパーを下ろして開いていて。
中に着ていたのは露出が高い水着ではなかったけれど、それでも明るい黄色のワンピース型の水着は夢野さんによく似合っていた。
「……かわ、いい……」
あぁ、この姿を見れただけでも幸せかもしれないと思ったけど、直後に丸井や赤也が煩くなって。忍足や芥川が夢野さんの周りをぐるぐるし始めたからまたイライラした。
「詩織とツーショット今なら1000円で」
商売し始めた篠山さんは本当にいい性格してると思った。
もちろん払ったに決まってる。
9/140