脱衣場が出来たらしい
「……さて、練習練習」

頬をぺしっと叩いてから、ヴァイオリンケースに手をかける。
ワルキューレに触れると、その存在がしっくりと手の中に馴染んだ。

何も考えずに音を鳴らす。
頭の中に入っている楽譜を繰り返し繰り返し、納得のいくまで。



暫くして、管理小屋をノックする音が聴こえたので手を止めた。

「……どなたですか?」

かちゃりと、小屋の扉を鍵と共に開けば、扉の前には金ちゃんを始め、四天宝寺の人たちが勢揃いである。
な、何事ですか。

「ねーちゃんねーちゃん!ワイらな、脱衣場作ってん!!」

「あ、後な、柵的な囲いもしてみたんや」

「え?何の話?」

金ちゃんと謙也さんの説明を聞いてもいまいち理解できない。
いや、たぶん、脱衣場だから、あの無駄に疲れる場所にある、だけど私にとってものすごく大切な温泉のことではなかろうか。

「そや。正解やで。詩織」

「あ、光様ご機嫌麗しゅ──いたっ?!」

殴られた。
まだ機嫌悪かったらどうしようと思って気を使ったら殴られた。ひどい。

「それで気を使ったとか、……相当アホやな」

そして暴言をはかれた。
光くんの頭が富士山の形のように禿げていく呪いをかける。徐々にベジータ様化する恐怖を味わうがいい!最終的にはフリーザ様のようにつるんつるんになれ!!

「……ねーちゃん相変わらず独り言すごいんやなぁ。おもろいわぁ」

「まさかの金ちゃんツッコミ!そしてなんで口に出してんの私!!ひ、光くん!私の頭が大ピンチ!!」

「うっさいわ、どアホ」

光くんにアイアンクローされた。
こめかみとかもうなんか全部痛い。

「財前。もうやめたり」

私を光くんから救出してくださったのは、白石さんだった。
えくすたしらいしーさんではなく、どうやら普段のまともな白石さんのようである。

「あ、ありがとうございます。……しかしどうして皆さんが柵を」

「せ、せやかて、なかったら、こ、困るやろ?!」

謙也さんのオロオロした声に確かにと頷く。

「それは本当にありがとうございます。助かりました」

「温泉見つかってから、至急作らなとは思っとってん。男だけならまだしも、夢野さんは女の子やし!」

「……ないとは信じたいが、覗きとかあったら困るやろうしな」

白石さんと小石川さんの話に、本当に私のために作ってくださったのかと胸が温かくなる。

「……男が入っているのに気付かず入ることもあるかもしれん。せやから、ワシが女子入浴中と男子入浴中の看板も造っておいたぞ」

「あはは、確かにそんなことあったら大変ですもんね!」

そういえば、神尾くんに会ってしまったりもしたから、本当に助かる。
しかし、何故か私の返事に石田さんは無言で困った顔をしていた。
な、なんだろうか。
ぽんっと手を私の肩に置いてため息までつかれた。
え?

「これでゆっくり浸かれるやろうし、詩織ちゃん、今夜は気にせず温泉に入りや!」

「おぉぉ、小春お姉様っ!!」

「小春に近付くなや、ボケ!大体、俺はお前の裸なんか見たいやつおらんから大丈夫やいうたんやぞ」

「ちゃうで、詩織ちゃん!ユウくん、光くんの次に張り切って作ってたんやで!」

「こ、小春ぅ?!あれは小春のためにっ」

真っ赤になって狼狽え始めた一氏さんが可愛かった。私のためじゃなくても、頑張ってくださったのは本当の事なのだ。

「……俺も少しは手伝ったばい」

「千歳はほんまに少しやで」

千歳さんの台詞に金ちゃんがにひひっといたずらっ子のように笑っていた。

「あ、あの、皆さん。
本当に、ありがとうございますっっ」

ぺこりっと頭を深々と下げる。

顔をあげたときの、照れくさそうな皆さんの表情が異様に可愛かったのだった。

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