「なんでそこで深司くん」
ものすごいスピードで飛ぶように走ってきた神尾と話している夢野をじっと見る。
越前も同じように見ていたが、少し不愉快そうに眉根が寄っていた。
「……ふぅん。なんとなくわかった。……ねぇ、詩織センパイ。そろそろ朝食準備進めるよ。樹さんと首藤さんが泣いたらどうするの」
「な、泣きはしないのね〜!」
「お、おう。……包丁は怖かったけどな」
「平に平にすみません」
頭を下げた夢野は、神尾に「もう口に出さないたぶん」と告げてから、朝食作りに戻った。
……夢野の独り言を思い返せば、たぶんと本人が言うのも頷ける。
「そこは自分だけでも信じてやれよ……」
脱力した神尾の台詞に思わず首を縦に振ってしまっていた。
はっとしてから、皿を並べるのを手伝う。
誰にも見られていなかったとは思うが、何故か先刻から夢野にばかり意識が傾いてしまう。
「……すまない」
またぽつりと、先ほど夢野に言ったセリフを繰り返した。
「……え、わ、私に、ですか?」
「あぁ」
短く返せば、またそこで会話が途切れる。
朝食の用意はほぼ終了だ。何か会話のネタはないだろうかと考えて、俺をちらちら気にしながら、スプーンを配置し終わった夢野に顔を向けた。
「……そう言えば、ヴァイオリンを昨夜は弾いてなかったな」
「え?!あ……そうですね。なんだか考え事していて……」
「そうか」
「はい……」
また沈黙が流れる。
考え事はなんだったんだろうかとか。
バスタオル姿で走っていたことに関係あるのかなど、聞きたいことは色々あったが、果たして親しくもない俺が踏み込んで聞いていいのだろうか。いや、ましてや女子にその手の質問は失礼になるのではないだろうかと、小さくため息をつく。
……そろそろ自分たちの学校が集まっている席に向かった方がいいだろうか。
ぎゅっと拳を握って、落ち着かない自身をなんとか落ち着ける。
樹と首藤が六角の席に向かうのを見てから、俺は夢野に向き直った。
「……喉を詰まらせたりしないように」
「え!」
「ぶはっ!……〜っ、はぁ……部長、お腹痛いっス」
何かかける言葉はないかと思考を巡らせた結果、出てきた台詞はそれだけだった。
あんぐりと口を開けた夢野と、吹き出した越前に、俺は無表情ながら戸惑った。
……また、何か間違えただろうか。
やはりテニスのラリーのようには、うまくいかないな……。
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