呪いとお経のダブルコンボ
今日、午後の探索時に橘さんたちと浜辺で魚網を見つけた。
少しボロボロだったがこれをネット代わりにして、テニスコートを作れそうだったので、橘さんと一緒に氷帝の跡部さんに伝えたら賛成してくれた。これで明日から本格的にテニスができる。
まぁ絶賛遭難中みたいなもんだが、なんとかなるだろ。
橘さんが「大丈夫だ」と言えば、本当に安心できる。単純だと、盲信的だと言われようが、俺らにとって橘さんはそういう存在なのだ。

「……あぁ……ムカつくなぁ。本当に寝れないじゃないか、なんで俺がイライラしなきゃいけないわけ。大体悪いのはさ──」
「だぁー!!深司マジうるせぇ!寝れないのは俺の方だ!!バカ!」

明日はテニスコートを作る、そしたらテニスができる。だから早く寝るんだ。と努めているにも関わらず、俺が寝れないのは、この二段ベッドの下で深司がボソボソとずーっとノンストップでぼやいているせいだ。

「人のせい?俺だって寝れなくて苦労してるってのに……いいよなぁ、神尾は。悩み事なんてないんだろ……」

「今お前の存在に大いに悩まされてるっつぅの!……おい、内村!森!俺と寝る場所代わってくれ!」

一番奥の二段ベッドの上で寝ている橘さんを起こしてしまわないよう、できる限りの声で隣の二段ベッドで寝ている二人に声をかける。

「「……ぐぅ」」
「お前ら夢野か!」

ついつっこんじまったが、すぐに後悔した。
俺のベッド下からぼやきを通り越して一種のホラーのような呪いの言葉の羅列が聞こえる。
夢野の名前に反応してしまったらしい。
もうダメだ。
耐えられない。

俺は飛び起きて、額に浮かんだ冷や汗か何かわからない嫌な汗を拭いながら、温泉に向かうことにした。
リフレッシュするしかないと考えに至ったのである。
もしかしたらリフレッシュした後、戻ってくれば深司もぼやき疲れて寝てしまっているかもしれない。
深司のぼやきを子守歌替わりに寝るという高度な技は持ち合わせていないので、もうこれしか考えられなかった。

バスタオルを抱えたまま、そっと小屋を抜け出す。
腕時計を見て時間を確認すれば、ちょうど十二時頃だった。
月明かりと小屋から持ってきた懐中電灯を頼りに山道を登り、暫く歩くと崖が見えてくる。
あそこに小さな滝があり、その真下辺りに温泉が湧いているのだ。


「……さすがにもう誰もいないだろ」

誰かいても男だし、と気楽に考えて衣服を脱いで裸になった後、手で湯を体にかけた。
夕食後すぐにも入ったが、すっげぇちょうどいい。
思いっきり音を立てて入れば、ぶわっと湯煙が舞い上がった。

「……ひぃごめんなさい!私すぐに出て行きますから……っ」

「……は?」

思考が一瞬停止した。
夜の闇と、湯煙のせいでよく見えないが、向こうの端っこの方で確かに誰かが動いている。

そしてこの声は間違いなく、夢野だ。夢野の馬鹿以外にありえない。

「な、なな、なんでお前、こんな時間に……っ」

「寝れなかったし、こんな時間なら誰もいないと思ったんですよ!だってあんなにみんな動いてるから……ってか、その声、神尾くんだよね?!神尾くんに間違いない!だって馬鹿にされてるもん!なんか馬鹿夢野って言われた気するもん!」

「おう当たりだよ馬鹿夢野!つか、こっちくんなよ!俺もそっち見ねぇから!!お前の裸なんか興味ねぇし!」

「私も神尾くんの裸に興味ないよ!いやでも、神尾くんの足の筋力すごそうだから触ってみたい気はするけど……」

「へ、変態か!」

なんなんだ。このバカは!なんでたまに調子狂うことを平気で口にするんだろうか。
杏ちゃんにだったら、触ってもらっても全然いいが!
むしろ杏ちゃんだったら、こんなに嬉しいハプニングはない。俺はきっと手放しで喜ぶに違いない。いやどんな顔したらいいかわからなくなるから、やっぱ困るかもしれないが。

そんなこんなで色々考えていたら、急にしんっと静まり返っていた。
さっきまでうるさかった夢野は一体どうしたんだろうか。

「……夢野、もう上がったのか?」

もしかしたら、もう自分の小屋に帰ったんだろうか。
いやでももしかして足を滑らせて溺れたとか。
ほらあの馬鹿ならやりかねない。

それが確信になったのは、向こうの端の岩陰ににバスタオルと懐中電灯を見つけた時だった。

あのバカ、慌てて……?!

「夢野?!」

ザブザブと湯をかき分け、温泉の真ん中あたりにきた時だった。
少し濁りのある湯の中で、確かに人の肌色が見えて、ぶくぶくぶくと泡が勢いよく浮かぶ。

え、これって引き上げた方がいいのかと焦った瞬間、ザバァっと立ち上がったのは、海坊主──じゃなくて、石田の兄貴である、四天宝寺の石田さんだった。

「な、ななな、なっ?!」

意味が分からなくて、うまくセリフにならなかった。
そんな俺の肩に手をおいた石田さんは、何か哀れなものでも見るような瞳だった。



……後から聞いたら、石田さんが湯に浸かっていたら、夢野がやってきて出るに出られず、そして気づかれることもなかったらしい。
俺が来たのは暫くしてからで、俺が杏ちゃんのことを妄想している間に夢野はいなくなっていたようだ。

そして石田さんが俺を慰めた理由は、俺が鼻から流血をしていたからだったが、断じて夢野で鼻血を出した訳じゃないんです!と叫んでも「……誰にも言わん」の一点張りで、受け付けてもらえなかった。


「お、俺が好きなのは、杏ちゃんなんだー!!」

湯上がりの夜の山道が異様に虚しく寒かったのは忘れられない……。

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