「……っ!」
僕が声をかけると、振り向きざまに裕太はこれでもかと目を見開いていた。
……まるで幽霊を目撃したみたいな顔だ。
「あ、兄貴、なんで……」
持て余していたジャージの上着を、僕に見られないように後ろ手に隠す。その行為に、また口角が知らず知らずの内に上がった。
「……夢野さんを追いかけてた裕太の尾行?」
「び、尾行すんなよ!」
「……ふぉあ?裕太くんに、不二さんじゃないですか!」
カァッと熱くなって怒鳴った裕太の声に、今し方まで比嘉中のメンバーの背中を見送っていた夢野さんが僕たち兄弟の存在に気付いたようだ。
てけてけと僕たちの前までやってくる。
「どうしたんですか、こんな時間に」
「お、お前こそ何してたんだよ」
「え?私は…………夢遊病かもしれない」
「本格的に存在が怖いな」
夢野さんは比嘉との会話を誤魔化そうとしているのか、また意味の分からないことを口にする。
全部見ていたくせに、それに乗ることにしたらしい裕太にも驚いた。
……あぁ、いつの間にか弟が大人になっている。
すぐに感情を表情に出して、こそこそしていることとか嫌いな裕太が。
「……ふふ、夢野さん、寝ながら歩いていたから薄着で寒そうだね。裕太、上着貸してあげたら?」
「え、あ……ったく。風邪引いたら大変だぞ馬鹿」
「おふっ」
僕の台詞に焦ったのか、乱暴な手つきで夢野さんに上着を渡す裕太は、やはり顔が赤い。
顔面で裕太の上着を受け止めた夢野さんは、僕を一瞬睨んだ裕太を目撃することはなく、嬉しそうににへら〜と笑っていた。
「……裕太くんの上着、裕太くん臭い」
「く、臭いとか言うな!つか俺のなんだから俺の匂いしかしないのは当たり前だろ!馬鹿夢野っ」
「……なんかファブリーズのCM作れそうな会話だね。ふふ」
「兄貴は意味わかんねぇよ!」
叫んだ裕太が涙目で、本気で笑ってしまった。
……ねぇ、裕太。
可愛い弟の為に、兄である僕は大人になった方がいいよね?
それとも……
裕太なら、なんでも本気で勝負しろって言うかな?
……あぁ、明日もきっと雲一つない快晴だろうね。
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