小さなこの愛は
「……ムカつく」

ぽつりと背後から聞こえた声は、振り向かなくともそれが誰かはわかった。
……不動峰の伊武だ。

夢野の頭から拳を離して、ふんっと鼻を鳴らす。
夢野が何かを言っていたが、無視して宍戸さんたちの元に戻った。

ちらりと伊武を見れば、視線が絡まる。
だがすぐに向こうが視線を外した。
無表情の横顔が何を思っているかはわからないが、間違いなく俺を敵視していることだけは理解できる。

伊武だけでなく、四天宝寺の財前や山吹の室町、立海の幸村さんを代表によく意味深な視線を送られることが多い。

その理由は間違いなくあの馬鹿──夢野のことで、だ。


「くそう若くんめっ」
「……聞こえているぞ、夢野」
「ぴゅーぴゅー」
「……口笛は音を鳴らすんだ。音を発言してどうする」

はぁっとため息を大袈裟につけば、夢野がまた地団駄を踏んでいた。

鳳にも言われたことはあるが、夢野は俺に懐いているように見えるらしい。
こんな変な生物を飼ったつもりはないが、周囲からはどこか特別には見えるようだ。

……もし、もしそれが真実で夢野の好意が俺だけに向いている特別なものだとしたら、俺は素直に嬉しいと思うだろう。

だが俺にはわかる。

夢野が俺に向けている好意とやらは、特別なものではない。



あの時──


「嬉しいことがいっぱいあったのだよ、内緒だけども」

「それは──」


──飲み込んだ言葉を思いだそうにも、息が詰まって頭痛が襲ってきた。

嬉しそうに笑った夢野の表情は、本当に幸せそうで。

その表情を作り出した人物を俺はよく知っている。


「昨夜、跡部が詩織ちゃんと話したらしくてな。それからやな。ヴァイオリンの音聞こえはじめたんは」


朝、向日さんに話していた忍足さんの話を思い出して合点がいった。


「……テニスだけじゃなくて、……どこまで俺の先に……っ」

思わず口から漏れた台詞は、四天宝寺のメンバーが騒ぎ始めたことにより誰にも聞こえていなかったようだ。


俺が越えたい相手はいつだって、あなただけだ。

跡部さん、俺はあなたにテニスも夢野のことも、すべて下剋上してみせます。



決意してから視線を夢野に向ければ、ふてくされた顔でキノコに顔のようなものを海苔で描いていたので、後頭部を叩いておいた。

…………なんでこのバカを好きなのか、いまいち俺自身でもよくわからない。

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