「何か言った?」
「──ぎぶ、ギブです、死にます。私」
あぁ、でも流夏ちゃんに首を絞められて死ぬならば本望かも。と考えたら「気持ち悪いわ」と頭を叩かれた。
あぁまた口から漏れたのか、でも流夏ちゃんの気持ち悪いは大好きなんだよ。
「……それも口にでてるんだけど」
呆れたようにいった流夏ちゃんは、無表情だった。え、あれ、流夏ちゃんの心に壁が。
「でも、まぁ。元気になったみたいで……良かった」
「……流夏ちゃんっ」
爽やかに微笑んでくれた流夏ちゃんに心からほっとする。
すごく泣きそうになったけれど、蛙の鳴き声みたいな笑い声を出して必死に誤魔化した。
どうして流夏ちゃんはこんなに温かいんだろう。
「……それで、新しい学校はどんな感じ?」
「電話で話した通りだよ。すっごい生徒数で、生徒会長が跡部様で。付き添っている樺地くんはすごくいい子。篠山さんと及川さんという友達が出来て。お隣さんは日吉くんというクールビューティなの」
「…………うん。まぁ楽しいならいいけどね」
苦笑した流夏ちゃんはどこかいつもより元気がなかった。
「……でも流夏ちゃんは一人しかいないね」
「詩織……ありがとう」
当たり前のこと。
でも、それはとても特別なことだ。
「詩織みたいなドMな天然もなかなかいないわ」
「私、ドM、天然、違う」
流夏ちゃんがあまりにも悪そうな顔で笑うから、ついカタコトになってしまう。
どうもそれが流夏ちゃんのツボにハマったらしく彼女は爆笑していた。
そんな時だ。
私の右手に持っていたパンダ型リュックが、ものすごい勢いでバイクに攫われたのは。
「いがっ?!」
手が抜けるかと思うぐらいの衝撃。
私は思わず転んで、見事に足をすりむいた。
「くそっ、待てっ!この引ったくり野郎っ?!」
流夏ちゃん、セリフが男前過ぎる。
バイクになんて追いつく筈がない。だから、陸上部だからって走ろうとしないで。危ないから。叫ぼうとしたら、いきなり自転車とその横を走る人がバイクを追いかけた。
物凄く早い。
「いけねーなぁ、いけねーよ!」
「……止まれっ」
自転車の人とバンダナの走っている人がバイクに追いついた。なんだって、そんな馬鹿な。
「っ!!」
動揺したのかバイクの人が横転するが、もう既に追いかけていた二人は止まっていた。自転車の人の手には私のパンダリュック!
「あ、おあ、ありがとうございますっ」
あまりの出来事に動揺しながら頭を下げる。だってスゴすぎる。陸上のオリンピック選手か何かだろうか。
「……ふしゅ〜」
「ははっ、気にすんなって。ほら」
否、気にするよ。なんかバンダナの人、ふしゅ〜って言ったよね?
「……本当に助かったわ。詩織、良かったじゃない。それ去年の……」
流夏ちゃんはハッと口を噤んだ。
大丈夫なのに。
そう、去年の誕生日プレゼントだ。お母さんからの。
中学生にもなったのに、パンダのリュックなの?しょうがないわね。と笑っていた、お母さん。あ、ヤバい。大丈夫だと思ったけど、泣きそうになってきた。
こんな時は……
「お兄さんたち、お礼にお茶を奢らせてください」
お兄さんたちを軟派して誤魔化してみた。が、初めてしてみたので、上目遣いでお願いするつもりが、血走った眼で睨みつけてしまったようです。
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