「日吉くんに何故バレているのっ」
大げさに瞬きを繰り返す夢野は無視して、芥川さんに視線を戻す。
その表情はいつもより意識をはっきりさせているようだったが、どこかポカーンとしていた。
「ひよCー、詩織ちゃんと知り合いなのー?」
「ただのクラスメートです」
「うわ、即答っ」
「そっかぁ」
ぶつぶつ独り言を呟いている夢野を一睨みしたら、静かになった。
「そんなことより、芥川さん、跡部さんが捜していましたよ」
「あ〜……そう、行かなきゃねぇ〜……。詩織ちゃん、またねぇー」
「……さ、ようなら」
芥川さんは名残惜しそうにチラチラ夢野を見ながら歩いていくが、その足取りは歩を進めるごとに不安定になっていく。
何がどうなっているんだ。あの先輩は。
たぶん、後数メートル進んだ先でまた寝るんだろう。
「……ちっ、もっと練習して下剋上だ」
呟いたら、やたら横から視線が刺さっていることに気づいた。
否、俺が忘れていただけだが。
夢野は阿呆みたいにあんぐりと口を開いて俺を、否、俺の手元をみていた。
「……何だ。馬鹿みたいな顔で見つめるな。気持ち悪いだろ」
「え、日吉くんがさらりと酷いこというっ」
テニスラケットがそんなに珍しいのかと問えば、夢野は余計に馬鹿になる。否、正しくは馬鹿みたいな顔になった。
「……ひ、日吉くん、てっきり武道とか剣道とか弓道とか!花道とか茶道とか!顔が」
「古武術はしている。だが顔で決め付けるな」
「え、あれ、待って!さっきの芥川くんに、日吉くん敬語使用してた?!」
「……芥川さんは三年だし、正レギュラーだ」
「まさかの先輩……!」
うなだれるように地面に両手をついた夢野を一瞥してから、俺は黙ってテニスコートへと向かった。
……本当に、なんて変なヤツなんだろう。
「…………視界に入っても気付かないなんて失礼なんだよ、お前は」
昨日の学食でも
午前中の練習でも
俺はお前に気づいていたのに、なんて絶対口にはできない。
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