いやでも仕方がないと思う。
あの時、確かに仁王さんは泣きそうな顔をしていた。あんな顔されて外に放置できるほど私は鬼ではない。
「ですが、また胸掴んだりしたら二度と口聞きませんからね?!」
「わ、わかってるぜよ。それは絶対にしないナリ。というかあれは事故ぜよ」
「……そうでした」
挙動不審さはお互い様かもしれない。
そわそわと落ち着かない手をじたばたしながら、あっちをみたりそっちをみたりしていた。
仁王さんもぐるぐる同じところを回っている。
なんというか、立海で見たことのある大人っぽい雰囲気はどこいった。
「……それで、どうしたんで──」
「──音、変わったじゃろ。さっき弾いた時」
仁王さんをガン見してしまう。
私が目を見開いてみたせいか、仁王さんは二、三歩後ずさった。
「……仁王さんって、耳いいんですね」
自分自身ですら僅かにと感じたそれを見抜いた彼を尊敬する。
「いや……お前さん、のことじゃき……。ずっと好いてたんよ」
キョロキョロと動いていた視線が、その時は真っ直ぐに絡まった。
息を吸うことも吐くことも忘れて、心臓や体中の血管が熱くなる。
「……そんな」
ぽつりと零れ落ちたセリフが漏れた時には、仁王さんは視線を床から動かさず、ぽりぽりと頬を指でかいていた。
「お前さんが弾いたジャズを聞いたのも、かなり昔で……お前さんが一度ヴァイオリンを嫌いになりかけていたことも知っとる。……だから今、お前さんのヴァイオリンが聞けて嬉しいナリ……本当はもっと前に伝えようとは思うてたんじゃが……」
「そ、そこまで私のヴァイオリンを……!嬉しいです、仁王さん!!」
「ん?!」
ギュッと仁王さんの手を握ってブンブンっと上下に振り、感動を表してみた。
仁王さんの話しを聞けば、少なくとも六年前から私のヴァイオリンを知っていてくれてるようだ。
天才少女だともてはやされていたあの時から。
「うぅ、本当に今まで通り名がコート上の詐欺師だし、女たらし的な変態の人だと思っていてごめんなさい!」
「え、いやあの」
「そして私のヴァイオリンをずっと好きでいてくださってありがとうございます。私、これからも頑張りますからっ」
「ちょ…………、はぁ、もうそれでいいナリ……」
嬉しさのあまり私の顔は破顔しまくっていたと思う。
困ったように笑った仁王さんは、コツンと小さく私の額に拳を当てられた。
「……俺はもう帰るぜよ。変態から脱しただけでも進歩ナリ」
「なら今から仁王さんの為に一曲奏でますから!聞きほれてうっかり足を滑らしたりしちゃダメですよ?」
「…………それは、難しそうじゃ」
冗談で言ったのに、へらりと笑った仁王さんの瞳はすごく真剣で。
また呼吸が止まりそうになったのは、中学男子が持たない色気が溢れ出していたせいだと思う。
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