優しく甘く……そして溶けそうなほど柔らかい。
「……なんじゃ、何があったんじゃ」
僅かな変化だとは思う。きっと長年彼女のファンをやっている俺にしか聞き分けることのできない些細な差。
実際、柳生も幸村も、柳ですら気づいていない。
だけども、俺にとってその差は山の頂上と谷底ほどの差に感じられた。
ひどく焦っている気持ちをひた隠しにして、俺はそろりと立海メンバーがいる小屋から出る。
「おい、仁王。どこいくんだよぃ」
「厠じゃ厠」
入り口でブンちゃんとジャッカルに出くわしたが、手をひらひらさせて通り抜けた。
……あぁ、今俺はうまく表情を作れてたんじゃろうか。
気付いたら夢野さんのいる小屋の前じゃった。
中から漏れる明かりと、音色を頼りに彼女が小屋内のどの辺にいるか考えた。
特に理由はなかったが、そうするのがその時には自然だったのだ。
夢野さんが立ってヴァイオリンを弾いているであろう場所に一番近い壁にもたれる。
木でできた外壁は、夜のせいか少しだけひんやりとしていた。
「……何してるんですか」
不意に止んだ音色と同時に窓が開いて、夢野さんの声が放たれる。
「…………ピヨ」
どうやら俺の銀髪が窓に少しはみ出していたらしい。
誤魔化すように空を見上げたら、問答無用で窓がピシャリと閉められた。
ちょ……いや、嫌われとるんはわかっとるがさすがにひどいナリ。
そう心の中で半泣き状態になっていたら、バタバタと足音が響き、がちゃりと何かが開く音がした。
「……風邪引きたくなければ中にどうぞー。ただし変態的な動作をしたら、この跡部様が置いていった警笛思いっきり吹いちゃいますからね!」
「……だ、大丈夫じゃ……たぶん」
そんなことするつもりは端っからないが、夢野さんが可愛すぎて理性は崩れるかもしれん。
と口に出しそうになった台詞は必死に飲み込んだ。
……あぁ、俺は今見事に崩れた笑みを浮かべとるんじゃなかろうか。
真っ白な頭の中をただ嬉しさだけが満たされていくのを感じたのだった。
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