器用でいて不器用な人
「あんな、いい加減俺を悪役みたいな使い方すんのやめてくれへん?」

「……夢野に言え。お前の名前出さないと言うこと聞かねーのはヤツなんだからな」

跡部さんの小屋に戻ろうとした途中で、忍足さんが木の陰から頭をぼりぼりとかきながら姿を見せてきた。
……きっと先ほどの夢野さんとの会話をこっそり盗み聞きしていたのだろう。

「……最近、少しは懐いてくれとるんやと思えてきてたんやけどなぁ」

「あの阿呆を懐柔したいなら、今日みたいなアホな発言を控えやがれ」

べしっと忍足さんの頭を叩いてから、跡部さんは一度夢野さんがいる管理小屋に体を向けた。

耳に届く音色は、聞きたくてたまらなかった優しい音だ。

「……樺地、よかったじゃねぇの」

「…………ウス」

小さく頷いたら、跡部さんは嬉しそうに目を細めていた。

「なんや、樺地もかなりの詩織ちゃんファンなんか」

「ウス」

忍足さんの言葉に頷いてから、続けたい言葉を飲み込む。

視線を戻せば、既に跡部さんは自身の小屋に向かっていた。
ぱちんと鳴らされた指に慌てて足を動かす。


……忍足さん。
俺だけじゃない、んです。

彼女にすんなりとヴァイオリンを弾かせることに成功し、余裕綽々でいつも彼女を見守っている跡部さんは、まるで器用な人に見える。
だけど、この距離と立ち位置は跡部さんが自分の心に不器用であることの証拠にもなっているのだ。



……いや、ここにいる人たちはみなさん、少なからずそうなのかもしれない。

そんなことをぼんやりと思いながら見上げた空は、美しい丸い月を抱いていました……。

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