跡部様が優しい事件
──とりあえず夕食を終え、私たちはこれからについて軽く話し合った。
この大規模な合宿はそれぞれの学校側も承知だし、船との連絡が消えたことによりすぐに海難事故は知られることになるはず。もし気付かなかったとしても、予定していた一週間の合宿期間を超過した段階で現状に必ず気づき救助がくるはずということだ。

大体の食糧は前日に運ばれていた分もあるし、後はそこに果物や魚を採れば約一週間ぐらいなんとかなるかもしれない。
いや、みんなを見ていたらそう信じられた。

明日もグループ分けをし、各自作業を分担しようという話だ。
もちろん、先生方を捜索するチームもあるし、山菜などを取りに行くチームもある。
私は自由に手伝えと言われたので、やれそうなことはできる限り手伝いたいと思った。




「……ぽつん」

そして話し合いが終わり、私は管理小屋という並んでいる山小屋のちょうど中心に立っている山小屋を部屋として与えられたわけである。
女子だということもあり、一つの山小屋を与えてくださったようだが、なんだか他のみなさんに悪い。といっても、男の子たちと一緒になんて寝れないし、木の上で寝るという芸当も私にはできない。
なので有り難く使わせていただこうと思う。


相変わらず圏外表示の携帯電話を持て余していたら、突然ノックの音が聞こえてびっくりし過ぎて頭を打った。

「く、痛い……開いてますよ〜痛い」

「……何やってんだ、アーン?……つか、お前鍵ぐらいかけとけ」

深いため息をついて扉向こうから姿を現したのは跡部様だった。
顔は見えないが、後ろには樺地くんもいるらしい。

「いやはや……それで何用でございまするか?」

「……お前。いや、ヴァイオリンは大丈夫だったか?濡れないようにしていたが完璧とまではいかなかったからな」

「あ……ワルキューレは無事ですよ」

一度心底呆れたような顔をした跡部様だったが、さすがのスルースキルで普通に会話を進められた。
まさかヴァイオリンの話だとは思わなかったが、よく考えたらそれ以外に何があるのかもわからない。

「……そうか。自由行動になってもなかなか弾かないから心配したぜ」

「ありがとうございます、そしてごめんなさい。ワルキューレは無事なんですが、……弾けなくて」

「……アーン?」

実は何度となく気持ちを落ち着けようと、いつものようにヴァイオリンを弾こうとしていた。
でも弾けなかった。

「…………榊おじさん、大丈夫ですよね?」

長く感じた沈黙の中、小さく呟いてしまう。

「いや、すみません!大丈夫だって信じてます。あはは、その、こう……今の状況に身体がついていかないというか。だから疲れていて……!」

必死に誤魔化そうと早口で喋った。
普段アホみたいに独り言を口にするくせに、今何を口にすれば正解なのかからない。


「……夢野」

ぽん、と頭に何かがおかれたと思ったら、跡部様の大きくて指の長い手だった。

「俺様が大丈夫だっていってんだ。なら大丈夫に決まってるだろ。……俺様を信じな。わかったか、アーン?」

まるで跡部様の涼しげで凛とした瞳に吸い込まれるかのような錯覚に陥る。

いつもちょっとアホなんじゃないかと思う言動をするくせに、ここぞというときはいつも主役みたいにかっさらってカッコいい跡部様。
この人のそういうところがずるいと思う。

「……誰がちょっとアホなんだ、アーン?」

「あぁ、もうそこはスルースキル発動してくださいよー」

独り言になっていても、跡部様だから誉められなれしているだろうと思ったら気にならなかった。

「……まぁとりあえず、お前は鍵を閉めてもう寝ておけ」

「ほいほいー」

「……そういえばさっきから忍足の姿が見えなく──」
「すみません、跡部様が退出されたあと、即座に鍵をかけます。絶対に」

真剣な顔で言ったら跡部様に鼻で笑われた。
それからぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
潮風に当たってただでさえパサパサになっているのに、ひどい。

「じゃーな」

「は、はい。おやすみなさいませ、跡部様!そして樺地くんっ」

くるりと踵を返した跡部様の背中と大きな人影に声をかける。

「……あぁ、おやすみ」
「……ウス」

返ってきた声に心が温かくなった。

……今ならきっと、ヴァイオリンが弾ける。

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