広間から出たところで、あのお騒がせなチビ女に出くわしたが、無視を決め込むことにする。
「仁さん仁さん。私もこっちみたいなんです」
「…………」
「え、あれ?聞こえてない?いやでも明らかに今目が合ったのに……仁さーん、亜久津仁さーん」
「……っんなの無視してんに決まってんだろっ、てめぇの脳に詰まってんのは味噌じゃなくて綿菓子か、あぁ?!」
あまりのしつこさに怒鳴ったら、ニタリとしたり顔を浮かべられた。
くっ、俺としたことがなんてことだ。このチビは無視が一番だったというのに。つい我慢できずに口火を切ってしまった。これではヤツの思うつぼである。
「綿菓子だなんて仁さんメルヘンですよね。ふへへ──いだだだっ」
ニヤニヤ笑うチビがムカついたのでアイアンクローを決めてやった。
すぐに降参してきたので離してやるが、チビは怯むことなく俺の後ろをついてくる。
「……新渡米さんたちが合宿パスしたんですから、そんなに嫌なら、断っても良かったのではと私は思うんです」
部屋を目指していた足を止め、チビに振り返った。
長い渡り廊下の天井にぶら下がっているランプが、船の揺れに合わせてプラプラと音を立てていた。
「……クソジジイに騙されたんだよっ」
「てっきり壇くんに説得されたからかと」
「クソ女っ」
「うぐっ……、くっ、ですから夢野詩織ですってば……っ!」
涼しい顔で返してきたのが癪に障って、とりあえず今度は首を絞めてやる。
それでも俺を見据えてきたその目につい鼻で笑ってしまった。
……初めてあった時は、目を合わせることすらビビっていたくせに。
一体この数えるくらいしか、顔を合わせていない俺の何に安心したっつぅんだ。
奇妙な女だぜ。
「ダダダーンっ!亜久津先輩っ、待ってくださいですーっ」
すぐ後に俺を追ってきたらしい太一の声が聞こえたと同時に、首を絞めていた手を離してやる。
少しだけ涙目になって、何かまたブツブツ言っていたが、今度は無視して部屋に向かうことにした。
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