恐がらせたいわけじゃないんだ
──ヴァイオリンを弾き始めた夢野さんをただ黙って見つめる。
隣に蓮二が移動してきたが、視線を向けることはしなかった。

ギュッと拳を握り締める。
……俺は馬鹿だ。

彼女を恐がらせたいわけでも、困らせたいわけでもない。
ただ、ただこの場に彼女がいたことがどれほど嬉しかったか。
そしてその喜びと同時に沸き起こった黒い感情が、自分自身では到底抑えつけられるものではなかったのだ。

「……やはり夢野さんの音は素晴らしいですね」

後ろで感嘆の声を上げている柳生の台詞に、俺は無意識に小さく首を縦に振っていた。

澄んだ音が、俺の負の感情を浄化するようだ。

泣きたくなるぐらいの衝動。


「……蓮二」

「……ん?どうした精市」

俺の声に、ノートを広げながら蓮二は顔をこちらへ向けてくれる。

「……俺は……こんなにも不器用、だったかな」

吐き出すように呟いた俺に瞠目した蓮二は、一瞬何かを躊躇ってから、いつものようにふっと笑った。

「神の子が初めて普通の中学生に見えたが、さほど特別なこともないだろう」

それに不器用なのはヤツらも一緒だ。と続けた蓮二は意味深にノートを閉じた。

それからやっと広間内を見回す余裕ができて、蓮二の言葉の意味を知る。

……だけれど、不思議と落ち着いていたのは、彼女を特別な目で見ているヤツらが、俺と似たような位置に立っていることに気づいたからだ。

「……これから、かな」

ふっと笑って握っていた拳を緩めた。

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