隣に蓮二が移動してきたが、視線を向けることはしなかった。
ギュッと拳を握り締める。
……俺は馬鹿だ。
彼女を恐がらせたいわけでも、困らせたいわけでもない。
ただ、ただこの場に彼女がいたことがどれほど嬉しかったか。
そしてその喜びと同時に沸き起こった黒い感情が、自分自身では到底抑えつけられるものではなかったのだ。
「……やはり夢野さんの音は素晴らしいですね」
後ろで感嘆の声を上げている柳生の台詞に、俺は無意識に小さく首を縦に振っていた。
澄んだ音が、俺の負の感情を浄化するようだ。
泣きたくなるぐらいの衝動。
「……蓮二」
「……ん?どうした精市」
俺の声に、ノートを広げながら蓮二は顔をこちらへ向けてくれる。
「……俺は……こんなにも不器用、だったかな」
吐き出すように呟いた俺に瞠目した蓮二は、一瞬何かを躊躇ってから、いつものようにふっと笑った。
「神の子が初めて普通の中学生に見えたが、さほど特別なこともないだろう」
それに不器用なのはヤツらも一緒だ。と続けた蓮二は意味深にノートを閉じた。
それからやっと広間内を見回す余裕ができて、蓮二の言葉の意味を知る。
……だけれど、不思議と落ち着いていたのは、彼女を特別な目で見ているヤツらが、俺と似たような位置に立っていることに気づいたからだ。
「……これから、かな」
ふっと笑って握っていた拳を緩めた。
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