中学テニス界最強の人
「夢野さん、君に会えて嬉しいよ。……少し二人っきりで俺と話せないかな……?」

開いた口が塞がらないとはこういうことか。
目の前で微笑む幸村さんを私は返答できずに見上げているばかりだった。

いや、そもそも幸村さんが立海テニス部の部長ってどういうことなの。そして退院おめでとうございます。
それから幸村さんはyukiちゃんで正解なんだろうか。だからこそ、二人っきりでお話ししたいということなんだろうか。

混乱した脳みそ内でぐるぐると考えが巡る。
あまりにもぐるぐるするから、目眩を起こしたかのような錯覚に陥っていた。

大体、私の中の立海大テニス部部長さんは世紀末覇者的な感じである。
だって真田さんを超えるんだよ。そうなるとけしからんくてたまらん筋肉ムキムキマッチョさんしか想像できなかったんだもん。

「……ごめんね、ボディービルダーみたいな体型じゃなくて」

「いや、幸村さんにそれはアンバランスですから!…………はっ!」

顔を上げたら、フフっと幸村さんが口元に手を当てて笑っていた。
相変わらず素敵な雰囲気である。

「……って!そうじゃなくて、色々ごめんなさい!すみません、若くんにもよく馬鹿だと怒られますっ!そろそろお医者様に相談しなきゃいけないかもしれません!」

「……若、って氷帝の……。ん、二人っきりは無理みたいだね」

地面にぶつける勢いで頭を下げたら、幸村さんの声が心なしか冷たくなった。
恐る恐る顔を上げれば、ぐっと誰かに肩を引き寄せられる。

「……邪魔しないでくれるかな?」

「そう怒ったら、べっぴんさんが台無しやで、自分。……詩織ちゃん、今はウチんとこの姫さんやし、貸してやってもえぇけど、独占はあかん」

「……お、忍足先輩、姫さんとか言った。恥ずかしい。どうしよう、やっぱり忍足先輩ホストなんだ。腕に噛み付いてもいいかな……」

「なんでやねん。今それ口にするん?さらりと流しといてくれた方が傷つかんで済んだんやけど……あと、詩織ちゃんの歯形がつくんならえぇで──」
「──変態かぁアホーっ!!」

恥ずかしさと険悪な感じにまた混乱していたら、忍足先輩が飛んできた謙也さんに蹴られた。
壮絶なツッコミである。さすが本場の関西人だ。

「……えーと、幸村さん、お話しというのは?」

負けられへんと、何故か漫才を始めた一氏さんと小春お姉様のおかげで、幾分か冷静になった。
あまりの爆笑ネタに皆様が気を取られているので、チャンスだとばかりに私は呆然としている幸村さんに尋ねる。
近くで柳さんと乾さん、そして観月さんが聞き耳を立てているようだったが、気にしないことにした。

「あ、あぁ。……もう気づいているみたいだけれど、チャットは楽しかったよ。嘘をついていたみたいになってごめん」

「あ、いえ!勝手に美少女だと勘違いしたのは私ですから!こちらこそごめんなさいっ」

「……っ、ふ、あはは!」

もう一度頭を下げたら、何故か幸村さんが大声で笑い始めた。
立海の皆さんが一斉にこちらを見て、特に真田さんに「何があった」みたいな視線を送られるが、正直に言うと私自身よくわからない。

オロオロしていたら、訝しげにこちらを見つめる跡部様と手塚さんと目があった。

「あ、あぁあの、幸村さん……?」

「ふ、……フフ、ごめんね。君と初めてあった時を思い出して。夢野さんはあの時も似たような謝罪をしていたから」

「……め、面目ありません」

肩を震わせて涙目になるぐらい、幸村さんの中では笑いのツボにはまったようだった。

こう笑っている姿はとても可愛らしい感じがする。
だけど……

「話は終わったかい?……夢野さん、ここ変な寝癖がついているよ」
「え!」

突然、不二さんが近付いてきて私の髪の毛に触れた。

「…………不二」

まさか寝癖がついてるとは!と不二さんにお礼を言ってから、また幸村さんに視線を戻せば、そこには冷たい雰囲気しかしない幸村さんがいた。


……あのチャットでの意味深な台詞。
そして幸村さんの態度から、私は幸村さんに何か執着心のようなものを抱かれているような気がしてたまらなかった。

病が
入院していた時間が

余計に彼の心を蝕んでいる気がする。


「あ、あぁあの!一曲奏でますっ!!」


馬鹿みたいに叫んで、私は唐突にヴァイオリンを奏でるしかなかった。


……気付かないフリをした方がいいのか。
それとも幸村さんが抱えている悩みを知った方がいいのだろうか。

……でも私になにができるんだろう。
私は幸村さんをほとんど知らないに近い。

だからただ少しでも、この音がテニス部のみんなの邪魔にならぬように、気晴らしになればいいなと願ったのだ。

10/110
/bkm/back/top/
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -