訳が分からず眼鏡を押し上げる。
ざわつき始めた広間に居心地の悪そうな顔をしている夢野さんは向日君の後に続き、驚いている跡部君と榊監督の前に立った。
「いや、えーっとな……ジローと四天宝寺の遠山とともに寝ちまってたらしいぜ?」
「ジロー、お前は……」
「金ちゃんっ!このど阿呆っ!!夢野さんに迷惑かけたらあかんってあれほど……っ」
「せ、せやかて──」
「あ、あの!ジロー先輩と金ちゃんを責めないでください。誘いに乗ったのも、眠ってしまったのも私ですからっ!ごめんなさいっ」
跡部君と白石君が芥川君と遠山君に怒鳴ろうとしたところで、夢野さんが勢いよく頭を下げた。
「詩織」
「……っ」
低い声が榊監督から発せられた瞬間、静寂に包まれる。
一歩前に出た榊監督が夢野さんの頬を平手打ちしたのだ。
白い肌が赤くなる。
思わず胸が痛んだ。
「ね、ねーちゃんを殴るんやったら、ワイも──」
「──しっ、今はあかん。静かにしとかな、な?」
涙目になった遠山君の口を白石君が後ろから塞ぐ。
「音楽の世界に真摯に向き合うつもりがないなら、私は機会をやるつもりはない」
「……ごめんなさい、おじさん。でも私は音楽の道に進みたいです、軽い気持ちで決意を固めたわけじゃありません」
「ならば、いってよし。詩織、食事が済んだら何があっても部屋から出ないように。食事後、私の部屋に案内する。……跡部、今更引き返すことはできない。フォローはお前に任せる」
「はい」
榊監督はそれだけいうと、先生方のところに合流する。
何やら小声で説明などをしているようだった。
私はその様子に眉根を寄せる。何やら違和感のようなものを感じたのだ。
「……なんじゃ小声でひそひそと」
不意に隣にいた仁王君が私とは正反対の方向を見ながら呟いた。
見れば跡部君の元に手塚君が難しい顔で何かを口にしている。
「……夢野さんのことだとは思いますが」
合宿所である榊グループの持ち島に着いたら、夢野さんを乗せて引き返せばいいはずだ。
それ自体に何の支障もないはず。
だというのに、先生方の雰囲気から何やら焦りのようなものを感じたのだった。
「……そういえば、幸村たちがいない今が話しかけるチャンスじゃなか?」
「……に、仁王君、私の背中を押すのはお止めなさい」
「やぎゅー、一緒がいいんじゃー。俺だけで近付いたらまた警戒されるだけナリ」
「…………はぁ」
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