「おおお落ち着け、白石っ!台詞が意味不明やで……っ!」
バクバクと煩い心臓に、思わず胸元手で押さえてうずくまった。
ケン坊はそんな俺にオロオロと狼狽え始める。
他人様の学校忍び込んで、ほんま何しとるんやろうか。
「…………大丈夫、ですか?」
不意にさっきまで聞こえていた弦楽器の音色は途絶え、柔らかい感じの女の子の声がした。
否、あかん、さっきまでヴァイオリン弾いてた子や。
俺が漫画みたいな一目惚れした子なんやけどっ
「だだだ大丈夫やで?!」
「あかん、全然大丈夫やないやんけ!謙也みたいになっとるで、白石っ」
うるさい、言われんでもわかっとるわっ!
わかっとるけど、こんなん初めてでどうしたらええんか、わからんのや。
ビビっと電撃みたいなん走ったとか、ほんま俺どないしたんやろ。
「……ならいいんですけど。ほらさっき、そこのポールに触って、もの凄い静電気走ってたじゃないですか。目視できたくらいだから、痛かったんじゃないかと」
「え」
「え?静電気痛かったでしょう?」
不思議そうに首を傾げたその子は、笑って俺にハンカチを差し出してきた。
淡いピンク色の可愛らしいハンカチやった。
「使ってください。私は行きますので。もうそのハンカチは捨てるなりしていただいて、結構ですよ。では」
すぐに踵を返して去っていく。
いつの間にか、ヴァイオリンはケースに直されとった。
「……え?」
「…………痛かったんやな、静電気。お前涙出とるわ」
「は……?」
確かに涙が一滴零れ落ちよったけども
「……な、なんなん。俺、今めちゃくちゃ恥ずかしい」
「大丈夫や、白石。俺は誰にも言わん」
「おおきに、ほんま忘れてくれ」
一緒におったんが、ほんまケン坊で良かった。
これが財前やユウジやってみぃ。
末代までの大恥や!
「…………」
手の中にあるハンカチからは、とてもいい香りが漂ってきた。
結局一目惚れやなくただの勘違いやったけれど、でもあの子はちょっと可愛かったなぁ思た。
まぁもう二度と会うことはないやろうけど。
とりあえず、東京観光のついでに氷帝の跡部くんに挨拶しに行こうとしていた当初の目的を思い出す。
「……んん、エクスタシー」
「あかん、白石っ。今のはあかんで!!女の子からもろたハンカチ嗅ぎながら、そのセリフはあかんっ!」
「ちっ、ちゃうで!!今のも手違いやで?!」
やから、そんな目で見てくんなや。
握り締めたハンカチは慌てて内ポケットの中に突っ込んだ。
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