君はただ笑ってくれた
──いつもの砂浜ランニング中、ふと波打ち際の人影に目がいった。
三角座りして丸まっている背中。
潮風に揺れる髪が夕日に溶けていくように見えた。

「……夕日が言(ゆ)う、ひー……」

「………………」

俺の声に驚いたように振り向いたその子は、あんぐりと口を開けたまま間抜けな顔で俺を見上げている。
思わず部のみんなから抜け出して、彼女に近付いてしまったが、自分自身何を考えているのかわからない。

「……だ、ダジャレいうやつはだれじゃー……」
「……っ!……海中で、するかい?ちゅー」
「ちゅーい(注意)する」

沈黙を破ったのは、まさかの彼女のダジャレだった。
思わず負けじと体が反応し、ダジャレを口に出せばまたすぐに彼女からも返ってくる。しかも今度は俺のダジャレに被せてくるという高度な技だ。……ただ者じゃない。

そう真剣な顔で見つめ合った瞬間に、ついにどちらともなく「「……ぷっ」」と吹き出してしまっていた。
お互いに肩を震わし、くくくっと小さく笑う。

「……おい、ダビデ!」

「……あ、バネさん……」

まずい、と思った頃には遅かった。
振り向いた瞬間に、いつものようにバネさんが飛んでいた。

「ぐあっ」
「な、なんですと?!」

バネさんの飛び蹴りという凄まじいツッコミを目の当たりにして、俺とダジャレを言い合っていた女の子は、目を見開き驚く。

「……た、大層驚く体操……ぷっ」
「てめ、ダビデっ!」
「っ、タイ象対僧ーっっ」

「「…………」」

俺にさらに飛んでこようとしたバネさんの動きを止めたのは、やはり彼女のダジャレだった。
ぐっと親指を立ててにっと笑えば、彼女も同じようにどや顔で俺に親指を立てる。

「……っ二人とも寒いっ!」

「「いたっ」」

ため息を吐きながらバネさんが俺と彼女に左右の手で同時にチョップした。

「……いやぁ、それにしてもダジャレ言い合ってる女の子みたの初めてですよねー!」

「そうなのね〜。変わった子なのね〜」

「ふふ、彼女とはどういった知り合いなんだい?」

バネさんの後ろで様子を見ていたらしい、剣太郎といっちゃん、サエさんが頭を押さえている彼女の周りを囲む。
いっちゃんの鼻息の音に吃驚したのか、彼女はびくんっと肩を揺らしていた。

「…………知らない、っす……」

「……は?」

だんだんと挙動不審になっていく女の子を見つめながら、無言の後ぽつりと呟けばバネさんが大袈裟に瞬きを繰り返す。

「……初めて……会ったんで……」

「えぇ?!」
「「はぁあっ?!」」
「……面白いね、それ」

剣太郎とバネさん、後ろにいた首藤さんまでもが声を上げ、一番後ろに立っていた木更津さんが小さく笑った。

「……うん。今のはダジャレじゃなさそうだね。……俺は佐伯虎次郎。はい、君は?」

「え、え?!……何この爽やかなイケメンの人……っ、あ、わ、私は夢野詩織ですっ……ふぉ、なんで私囲まれてるの、さ、榊おじさん、緊張して死ぬ、助けて……!」

サエさんが名乗りながら笑いかけたら、彼女はぐるぐると目を回していた。

……夢野詩織、さん。

どこかで聞き覚えのある名前だなとぼんやり思っていたら、剣太郎が「あ、もしかして奇跡の少女の?!」と声をあげ「きっとそうなのね〜!」といっちゃんも興奮して鼻息が荒くなっていたのだった。

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