退院時に流夏ちゃんに没収されていた携帯電話を返してもらい電源をいれたら、受信メールの数に目眩を覚えた。
一週間ほど私は病院のベッドの上だったわけで、私の携帯電話が流夏ちゃんに没収されていた事実を知っているのは、お見舞いに来てくれたちーちゃんとタマちゃん、跡部様と樺地くんと滝さんたちにだけである。
いや、氷帝のレギュラーメンバーである皆さんからあまりメールがないところをみると、跡部様たちから伝わっているようだ。
心配をかけたことを詫びる文面を考えながら、一つ気になることがある。
《俺はどうし》
《さっきのは間違いだ。気にすんな》
二通続けて宍戸先輩から送られてきたこのメールがどうしても気になるのだ。
鳳くんにすぐさまメールしたら《宍戸さん、唯一都大会に出てたんだけど、不動峰に負けたんだ。それで……俺は宍戸さんの力になりたい》とだけ返事が返ってきた。
氷帝テニス部の掟というか、榊おじさんのやり方は若くんから聞いたことがある。
だから、宍戸先輩が今どういう状態か、鳳くんが宍戸先輩をどれほど心配しているのか伝わってきて胸が痛かった。
「……っ、榊おじさん!海っ、海がみたいですっ」
運転している榊おじさんに叫べば、一瞬驚かれたけれど、すぐさま千葉まで連れて行ってくれると笑ってくれた。
なんでも、千葉に榊おじさんが好んでいる綺麗な海岸があるらしい。
「……おぉお、潮風が……錆びる……」
「……詩織。お前はロボットか。……こほん、私は少し車の中で電話しているから、好きなだけ眺めなさい」
まさか榊おじさんにつっこまれる日がこようとは。驚きを隠せないまま、私はポケットから携帯電話を取り出す。
パシャリ、と。
シャッター音を響かせ、私は海に沈む太陽を写真に収めた。
すぐにメールに添付し《好きなだけお叫びください。気分がすっきりします》とだけ書いて送信する。
……負けた悔しさなんて、私なんかが何を言っても、当人にしかわからないことだし届かないと思う。だから、気分を紛らわすような綺麗な画像くらしか送れないし……後は鳳くんに任せた方がいいと思った。
「……夕日が言(ゆ)う、ひー……」
「………………」
砂浜に座りながら、暫く夕焼けに照らされる海を眺めていたら、いきなり背後から妙な声が聞こえてきた。
恐る恐る振り返れば、ギリシャ系のような濃い顔の男の子がいる。
いや、それよりもこの人何か言ってたぞ。
「……だ、ダジャレいうやつはだれじゃー……」
「……っ!……海中で、するかい?ちゅー」
「ちゅーい(注意)する」
「「……ぷっ」」
二人して何故かおやじギャグの応酬になって、あまりにも真剣なその顔に吹き出してしまった。
と思えば、彼もだったようで二人して肩を小刻みに震わして笑ってしまう。
なんてしょうもないやり取りを見ず知らずの男の子と繰り広げたのだ。私は。
しかも高熱出して寝込んだ上入院までしていたくせに、退院次第行ったのがダジャレ対決である。もはや意味不明だ。
「……おい、ダビデ!」
「……あ、バネさん……」
うっすらと浮かんだ涙の玉を拭いながら、私が顔を上げれば、そこにはダジャレの彼に声をかけた人以外にも数人の男の子たちが立っていた。
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