明日も平日だし、丸井くんたちは神奈川まで戻らなきゃだし、詩織ちゃんも洗濯物を取り込まなきゃいけないと行っていたので、そこでみんなバイバイすることになったのだけど。
「俺、送っていくからぁ〜」
「ジロー先輩、本当に引かないですよね。けっこう頑固というか……確か名前の時もそうだったよね……」
「詩織ちゃんもだC〜」
詩織ちゃんのマンションまで送っていってあげるC〜と何回も言っているのに、全然頷いてくれない彼女に向かって頬を膨らます。
女の子の一人歩きは危ないし、それにこの前、意外と住んでるところが近いことを知ったところだったから、俺は引く気はなかった。
「……ありがとうございます」
「やったCー!」
はぁっと小さく溜め息をついてから、諦めたように肩をすくめた詩織ちゃんは柔らかい笑顔を向けてくれる。
心の底から嬉しくなって、精一杯大声をあげて喜びを表したら「ジロー先輩、はず、恥ずかしい……」と詩織ちゃんがオロオロし始めてまた可愛かった。
詩織ちゃんのマンションにたどり着くまでに、別れたばかりの千石くんや丸井くんからメールが届いて、それを二人で返しながら話のネタにする。
ちなみに、俺は丸井くんと桑原くんと千石くんのアドレスしか知らないけど。
「……あ、菊丸くんと柳くんからだC〜」
「良かったですね、ジロー先輩。メル友増えましたね」
「うん〜。……でも柳くんには教えてないC〜」
「…………柳さん、ストーカーですから」
「……データマンって言ってあげたほうがいいよー」
「ジロー先輩、優しいですね。本物の天使ですか!」
「…………ごめん。柳くんのメールにそう言えって書いてあっただけだC〜」
「やだあの人怖い」
そんなよくわからない会話をしていたら、詩織ちゃんのマンション前についていたらしい。
「それではここで」
「A〜?部屋の前までちゃんと送るC〜!俺、いい男だからねぇ」
「……ジロー先輩、忍足先輩とかに何か変な知識を植え付けられてやしませんか?!」
俺の発言に驚いたらしい詩織ちゃんは、また大きな溜め息をついていた。
それから俺を見てから「送っていただけたお礼にリンゴジュースでも」と笑ってくれたので、また嬉しくなって勢いで詩織ちゃんに抱きついてしまったのだった。
「…………マジマジパンダだらけー!」
詩織ちゃんの部屋の中は、女の子一人にしたらすごく広いように感じる。
それからやっぱり詩織ちゃんらしいというか、パンダグッズだらけだった。
スリッパも、トースターも絨毯も。
一面パンダ畑である。
それから、あまり使われてないのか殺風景な部屋があって、中心に置かれていたグランドピアノが印象的だった。
詩織ちゃんがいうにはお母さんの形見だそうだ。
「じゃあお父さんのか──」
「この子ですこの子」
難しいこととか考えずにぽつりと漏らしてしまった俺の台詞に、詩織ちゃんは泣きそうな笑顔で、いつも抱いているヴァイオリンケースから、いつものヴァイオリンを取り出してくれた。
「何かリクエストありますか?」
「んー……大丈夫ー。何聞いても今なら寝れる自信あるからぁ」
「え!寝る気満々?!」
目を見開いた詩織ちゃんに笑ってから、彼女が用意してくれたリンゴジュースを飲む。
美味しいのに何故か悲しい味がした。
「……うん。今度ジョジョ貸してあげるね〜マジマジ面白いよ!」
「え!ジロー先輩の脳内でどんな結論が出てそこにたどり着いたんですか?!」
……だって、一人で暇になった瞬間、詩織ちゃんが泣くのをこの部屋で繰り返しちゃうような気がしたんだ。
だから、俺がそんな瞬間潰してあげたいって思った。
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