あげる!
──なんだか妙なことになった。
顔を上げれば、斜め前でケーキを食べている夢野ちゃんと目が合う。
眉尻を下げて笑う夢野ちゃんに俺も同じように笑った。

「……お。丸井さん、それウマそうッスね。よし、また片っ端から取ってくるか!」

「…………桃先輩、そう甘いのばっか立て続けによく食えるッスね」

暫くして、桃が席を立ち明るい声で言えば、おチビがぽそりとつっこむ。「足りねーなぁ、足りねーよ」といつもの口癖を口にしながら、桃はケーキをまた取りに行った。
立海の丸井も「俺もまだまだ余裕だぜぃ」と桃への対抗意識剥き出しで同じように席を立つ。

「……ふむ、そうか……」

立海の柳が隣でブツブツと呟きながら、乾と同じようなノートを広げて何かを書き込んでいた。その隣では、哀愁感漂う立海の桑原が遠い目してコーヒーを飲んでいる。
いやもう、この二人は一体ケーキバイキングになにしにきたんだか。

「詩織ちゃんはもうおかわりしないC〜?」

「あ、もし何か取ってきて欲しいものがあるなら俺が行ってくるよ!」

氷帝の芥川と山吹の千石に挟まれている夢野ちゃんは、また顔をあげて困ったように笑った後「ごめんなさい。さすがにもう……」と小さく呟いていた。

まさかこんな広いテーブルに移動して、この人数で一緒にケーキ食べるなんて思わなかったなぁと数十分前の自分を思い出す。
というか、夢野ちゃんにまたこんなすぐ会えるなんて思っても見なかった。

「……そういえば、どうしてそっちはそのメンバーだったのかにゃ?」

首を傾げて尋ねたら、まず千石が複雑そうな顔をして「……俺は詩織ちゃんだけを誘ったんだけどね?」と頭をかいている。

「俺は詩織ちゃんに誘われたんだよ〜」

「その、本当は女友達にも声をかけてはみたんですが……いちご……」

「……え?」

芥川の眠そうな声に続けた夢野ちゃんだったが、なんか今最後に何かおかしな語尾がついていた気がする。
思わず彼女の顔をまじまじと見てしまった。

「す、すみません!なんでもないんですっ……そういくら美味しそうだからといっても、後一つ分ケーキを食べる余裕は……ちくしょういちご」

「……たぶん英二先輩のコレが食べたいんじゃないんスか」

ぶんぶんと首を横に振った後、またブツブツと独り言を口にし始めた夢野ちゃんを見て、おチビが苦笑しながら俺の皿に残っている苺のミルフィーユを指さしてきた。
確かに彼女の視線は不自然なくらい、俺の皿の上に熱く注がれているようだ。

「同じやつ取ってきてあげようか?」

「……い、いえ。千石さん、お気持ちは嬉しいです。ですが私のお腹に、もうその余裕は……一口ぐらいしか入らないのはわかっているつもりなんです、だからここは……!」

諦めの選択肢を……!と唸るような声を吐き出した夢野ちゃんに思わず吹き出してしまう。

なんだろう。
やっぱり夢野ちゃんって変な子だにゃ。

「はいはい〜、お口開けて〜」

「……あ!」

俺はクスクス笑いながら、夢野ちゃんの口の前にケーキを一口分だけすくって持っていった。
素直に口を開けた夢野ちゃんはそのままぱくりと俺のケーキを食べる。

「美味しいかにゃ?」

あまりの可愛らしさに目を細めて尋ねたら、彼女は真っ赤になった後コクンコクンとオモチャの人形みたいに首を縦に振った。

「な、何やってるんだよぃ?!」
「英二先輩、見てるこっちが恥ずかしいことしないで下さいよ」

声のする方向に顔を向けたら、何故か険しい顔をしている丸井と複雑そうな顔をした桃が、大量のケーキを皿に乗せながら立ち尽くしている。

「ん〜?別に一口あげただけだよん!」
「「「あっ……!」」」

あまりにもみんなから、意味深な視線を向けられて落ち着かなかった俺は、無意識に持っていたスプーンを自分の口の中に含んだ。
なんとなくしただけの行動に、何故か夢野ちゃんといつの間にか寝ちゃっている芥川、それから一人の世界に旅立っている桑原以外が目を見開いたので、ちょっと吃驚した。

な、なんだよぉー。
わけがわからず目をぱちぱちさせていたら、おチビがはぁっと深いため息を吐き出してくる。

「……英二先輩も、詩織センパイも、天然過ぎ」

「無頓着ともいえるだろう」

「あー、アンラッキー……」

好き勝手言われてから、やっと気付いた。

……あぁ、そっか。俺、夢野ちゃんと間接キスしたんだ。

ふっと彼女の柔らかそうな唇に目がいってから、意識した瞬間に心臓が早鐘を打ち始める。



……最後まで、気付かなければ良かったのに。

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