精神統一
「日吉ーっ、なんで行かなかったの?」

部活終わりの下校途中で、わざわざ俺の後を追いかけてきたらしい滝さんに振り返る。
そっと目を細めているその顔は、俺をからかう時に必ず浮かべる表情だ。最近この顔をよくみて、不愉快だなと溜め息をついた。

「……一体何の話ですか」

「あはは、わかってるくせに。夢野さんだよ、夢野さんにケーキバイキング誘われたんでしょー?」

まったくこの人は、どうやってこういう話ばかりを仕入れるんだろうか。

「俺が行く理由が見つからなかっただけです」

「そう?夢野さん、困ってたみたいだけどー」

「……滝さんも誘われたんですか」

「ううん。俺じゃなくて、ジローがねー。……気が抜ける相手が欲しかったんじゃない。夢野さん」

そう言ってから、滝さんはポンポンっと俺の肩を叩いてきた。
意味深なその行動に眉間に皺を寄せる。

「……そう冷たく接して、後から後悔しても知らないよ?」

耳元で囁かれた台詞に目を見開いた。
すぐに反論しようと顔を上げるが、滝さんは笑いながら去っていった後で。

「……チッ、いい逃げか」

苛々と落ち着かなくなる心に、妙に焦った。
俺は一体何が腹立たしいのか。

勘違いを起こして勝手なことを言っている滝さんか。否、いつもならそんな勝手な発言は無視できるはずだ。
なのに無視できないのは、やはり夢野のことを言われているからなのだろう。
……そうだ。無視できないんだ。
あの馬鹿のことになると、途端に冷静じゃなくなってしまう。

本当は今日だって、ついて行ってやれば良かった。
ただそれが出来なかったのは、自分の知らないところで、夢野が他のテニス部のヤツらと約束を取り付けたり、仲良くしているからだ。

「……隣でも、遠いと感じるなんてな」

知らず知らずの内に漏れた自身の本音に自嘲気味に笑う。
それからすぐに舌打ちをした。

「…………フン」

家に帰ったら、父に古武術を師事してもらおう。
俺にはテニスで跡部さんを超え、下剋上を果たす目的があるんだ。
だから夢野の馬鹿によって精神を乱れさせている場合じゃない。


「……いや、そもそも俺は冷静──っだ?!」

自問自答を繰り返していたら、俺としたことが電信柱にぶつかってしまった。
…………恥である。


帰宅した俺は一目散に道場に向かったのだった。

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