まぁあのテニス部の合宿のおかげが強いけれど……。
でも昨日の仁さんはすごかった。優紀ちゃんの息子さんじゃなければ、きっと一生縁のないタイプである。
微かに煙草の匂いもした。もし、もし今度会うことがあれば、未成年が煙草を吸うことによって起こる弊害を懇々と語らなければ。
…………超怖いけど、私はやってやる。ものすごいお節介だろうけど、仁さんならなんとなくわかってもらえる気がした。……たぶん、本当は優しい人だと感じる。
「……はっ!遅刻するっ」
思わず今朝はのんびりしてしまっていた。
時計を見て慌てて荷物を持ってマンションを飛び出す。
きっと漫画か映画であれば次の角くらいで、美少年とぶつかるはずだ。まぁ実際そんな馬鹿なことあるはずはないだろうけど。
──ぶみゅ……
「ひぃあっ?!」
「……んぅ、痛いCー」
まさか門を曲がったら少年が地べたに寝ていて踏んだなんて、日常で誰が考えつくだろうか。
というか、なんでこの人は往来の道で寝れるんだろうか。
「まったく謎だらけですよ!ジロー先輩おはようございますっ」
「あっれー?詩織ちゃんだぁ?おはよー!!」
テンション高くなったジロー先輩はちゃんと歩いてくれたので、ギリギリ遅刻は免れたのである。
そして私はジロー先輩がクリーニング屋の息子である情報を手に入れた。……ジロー先輩、意外と庶民だったんですね。
「行ってらっしゃい」
「私も料理じゃなくて楽器を趣味にすればよかったわ〜」
その日の昼休み。
私はちーちゃんとタマちゃんに見送られながら、教室まで迎えに着てくれた鳳くんと第三音楽室に向かう。
若くんにも行ってきますと声をかけたのに、鼻で笑われただけなのは悲しかった。
「日吉も気になるなら、付いて来たらいいのにね」
「鳳くん、あの若くんの顔は鳳くんに迷惑かけんなよって顔だったよ……」
「え、そ、そうかな……俺には……」
鳳くんが困ったように笑ったと同時に第三音楽室の表札が視界に入る。それからぴょんぴょん跳ねてる岳人先輩と廊下の壁にもたれている宍戸先輩を見つけて吃驚した。
「クソクソ詩織のくせに遅いぞ!」
「いや、なんでいるんですか!」
今日は鳳くんと昼休みに二重奏する約束だけだったはず。
「……折角だから、聴いてくれる人がいる方がいいかなって……宍戸さんにどうですか?ってきいてみたんだよ」
「……まぁあんまクラシックには興味ねぇんだけど、お前の音はいいなって思えるつぅか──」
「宍戸さん、夢野さんのヴァイオリンの音が好きなんだって」
「──そ、そそ、す、好きだなんて言ってねぇだろ!」
相変わらず純情な宍戸先輩は可愛らしい。なんか癒される。
……だがその時一番思ったことは、やはり鳳くんにとって宍戸先輩は尊敬している先輩なんだということと、岳人先輩のことももう少しだけかまってあげて欲しいというものだった。
「……岳人先輩、飴いります?」
「ど、同情したような目でこっち見んな!あ、飴に罪はないから貰ってやるけど!」
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