普通の日常を
──墓参りを終えた私たちは、榊さんと別れ、カラオケをしていた。

詩織はクラシック馬鹿なので、どうにも最近の流行歌には疎いらしく、歌うのは専ら有名な洋楽とかだ。



「……あー、喉痛い」

「流夏ちゃん、相変わらずマイク持ったら離さないよね」

「詩織が歌わないからでしょーが」

詩織の首を絞める振りをしながら、いつものように下らないやり取りをしていた。
といっても、なんだかすごく久しぶりなやり取りな気がして、なんとなく和む。

詩織の携帯電話は、カラオケ中も何度かメール着信を知らせて光っていた。
それが無性に気にくわないけれど、メールが一つ届く度に表情を変える詩織に少し安心するのもある。
……今はまだ寂しい気持ちが強いけれど、雛鳥の巣立ちってこんなものかもしれないと自嘲気味に笑ってしまった。

「取り敢えず、私はやっぱり詩織が笑っていてくれるのが一番なわけよねぇ」

「え!どうしたの、流夏ちゃん?!いきなり、おばさんくさ──」
「何か言った?」
「──ごめんなさいごめんなさい、何も言ってません、流夏様、キブ……っ!」

うっかり詩織に関節技を決めるところだった。平謝りしてくる詩織にデコピンを食らわしながら、また歩道を二人して並んで歩く。

東京の中心部は太陽が沈んでも明るいが、私たちはまだ中学生だ。
日が沈む前に帰ろうと、少し足を早める。

そんな時だった。

「……やめっ」

「詩織っ!」
「流夏ちゃん!」

二人して顔を見合わせる。
大通りからそれた裏路地に、女性が男性二人に無理やり腕を引っ張られていた。
どうみても男たちの方は酔っぱらっている。

「「っ、お巡りさーんっ、こっちですー!」」

せーので、息を吸ってから私たちは大声でそう叫んだ。
男たちは慌てたように女性から離れると、逃げ出していく。

うまくいったようだ。

「大丈夫ですか?!」

慌てて駆け寄っていった詩織の後に続いた。
へたりと地面に座り込んでしまった女性は、顔だけを私たちに向けて小さく微笑んでくれる。

「……あぁ、本当に助かったわ」

「いえ。酔っ払いに本当は蹴り入れたかったんですけど」

「あはは!あなた、私の息子みたいに喧嘩早そうねぇ!」

私が舌打ちして酔っ払いが去っていた方角を睨みつけたら、女性はコロコロと無邪気そうに笑ってきた。

「え!お子さんいるように見えない!」

「あら、ありがとう」

詩織はまた感想を口に出していたけど、本人がまんざらじゃなさそうなのでつっこむのはやめる。

「あなたたち、中学生くらい?……私の息子は中学三年生なのよー」

「えぇ?!オネェサン、おいくつですか!!」

「ふふ、年齢は企業秘密だけど……私そこの喫茶店でウェイトレスしてるの。お礼に夕食奢らせてくれる?」

さすがに遠慮しようと思ったのだけど、タイミングよく詩織の腹が間抜けな音を鳴らしたので、断ることができなかった。

相変わらず、詩織は詩織である。

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