「え、あ、はい。聞かなければ赤いカーネーションを買うところでした。ありがとうございました」
呼び止めた僕に振り返り一礼してから、また彼女は笑顔を浮かべ花屋の店員の元に歩いていく。
柔らかそうな栗色の髪がふわりと風に靡いた。
「……そう、ですか」
小さく頷いてから、顎に手を当て考えていた僕は一つの答えに辿り着く。
そうだ。
一目見た時から、どこか見覚えのある子だと思った。
一年ほど前から、何度か彼女をニュースや特番で見たのだ。自分が間違えるはずがない。
「……君が、奇跡の少女……夢野詩織さん、ですか」
数ヶ月前に流れたニュースで、奇跡の少女が目覚めたと流れていたが、あの様子を見れば、特に障害など重い症状は見受けられなかったようだ。
「……あれは、氷帝テニス部の榊監督でしたか」
花屋から出た彼女を迎えに着た男性に目を細める。
何故か、妙に彼女のことが気にかかった。
「……んふっ、どうしてでしょうね。僕のシナリオに必要な駒になりそうな予感がしますよ」
もしこの予感が当たることがあるのだとしたら……
「その時は、よろしくお願いしますね。夢野詩織さん。んふふ」
そう
僕にとって負けられない夏がやってくる。
勝利というシナリオを描かなければいけない夏が。
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