「はい、お待たせ致しました」
ホール外で待っていてくださった真田さんに頭を下げれば「気にするな。それほど待ってはいない」と穏やかな口調で笑われた。
……な、何故だろうか。真田さんに年の離れた兄さんみたいな錯覚が襲ってくる。
くそう、だからなんでどうしてこうも、テニス部少年は心がイケメンなのだ。否、待って。もしかして私が知らないだけで、やっぱり今時の男子中学生はこんなにもイケメンなのか。
「……では帰るか」
真田さんとエレベーターに乗り込んだ時である。突如私の腹がものすごい音を鳴らした。例えるならば地下深くに古より住むという魔物のうなり声だ。正直大袈裟言ったかもしれないが、私にとっては一大事である。
「……すすすすみませんっ」
密室に近いエレベーターの中には他にも乗り込んでいるわけで。
真っ赤になって俯いた私に真田さんは「むぅ」とか「あぁ」とか気の抜けたような声しか出さなかった。
すみません。他の人のクスクスという、必死に笑いをこらえてはみたけど笑っちゃうわごめんなさいみたいな息遣いにも耐えれなくなってきた。
エレベーターを降り、一階のエントランスにて、真田さんが足を止める。
「……夢野、腹が減っているならば、夕食を取って帰るか?」
「まままマジでございますか?!」
思いがけない彼の発言にひどく動揺した。
だけど少し顔が赤い真田さんを見上げて、あぁ、真田さんもやっぱり普段はこんなことを言わない人なんだなと理解する。
それほど、先ほどの私の腹の虫が爆音だったのか。……辛い。
「真田さんが宜しければぜひ!私、一人で食べると味気ないと思っていたんです」
「そう、か。……ならばどこの店に入る?先に言っておくが、こういう店は入れんぞ」
誤魔化すように笑った私に、真田さんが指差したのは高級フレンチの店だった。まさか真田さんもそういう冗談を言うのか。ふっと微かに笑ってくれた真田さんは、けしからん。どんだけ私の頭をパニックに陥れる気なのだろうか。
「……そ、そうですね。真田さんの好きな食べ物ってなんですか?」
「む……、な、なめこの味噌汁だが」
「ぶほっ」
「笑うな!けしからん!!」
けしからん言いたいのは私の方である。
一体真田さんは私をどこまで萌え殺す気なんだ。え、もしやこれは仕組まれた罠なのではないのか。
「……っ、はぁ……肉も好きだ」
頭を抱えながら、にやけている私を横目で見た真田さんは諦めたようにそう付け足してきた。
ボソッと言ったのがまた可愛らしい。
「ふ、ふふ。なら、値段も良心的ですし、豚カツ屋さんに行きませんか」
ふるふる小刻みに震える身体を必死に抑えながら私が提案すれば、真田さんは静かに頷いてくれたのだった。
「……ふむ。少し遅かったな」
「な、なんだと?!」
「や、柳?!どうしてお前がここに……っ」
そしてお店に移動したら、当たり前のように店内の椅子に座っていた柳さんに遭遇したのである。
「ふむ。夢野と弦一郎の行動パターンと思考を分析した結果、肉料理が食べれる店の中でも一番価格が低めであるこの店に入るだろうと予測して待ち伏せしていたのだ。……そしてまず、これだけは言おう。夢野、俺たちはお前からのメールがあることを待っていたんだがな。何故、メールをしてこない。アドレスを渡しただろう」
「ひぃ、ごめんなさいっ」
カッと目を見開いた柳さんに畏怖を感じたとともに私はこう思った。
柳さんは怒らせると怖い。そして間違いなく本物のストーカーである、と。
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