パンダリュックの少女
「……しまった。サインを貰うのを忘れた」

「えぇ?もうお兄ちゃん、しっかりしてよ!」

妹である杏の溜め息混じりの声につい苦笑する。

今日は午前で部活を切り上げてから、前から楽しみにしていた和太鼓コンサートに来ていた。
俺は元々和太鼓という楽器が好きだが、その和太鼓を主役にして公演を行っているというこの音楽家たちを知った時はひどく感動したものだ。

そしてその感動は裏切られなかった。
異国の楽器と見事に融合した和太鼓の独特な力強さは、とても素晴らしかったのである。
感銘を受け、公演終わりに会場ホールに姿を見せた演奏者夫婦に握手を求めた。それまでは良かったが、俺は肝心なパンフレットにサインをしてもらうことを忘れてしまっていたのである。
せっかく運良く間近で会話出来たというのに、なんて間抜けなのだろうか。

「……あ、あの、パンフレット預かりましょうか」

杏に「もったいない!」と怒られ、落ち込んできた俺に誰かが声をかけてきた。
顔を上げれば、杏の横に小学生ぐらいの子が立っている。一瞬男の子かと思ったが、その顔立ちは女の子だ。少し膨らんだ胸元も異性であることを強調しているようだった。

「……えっと?」

「あぁあっ、ごめんなさい!あの、私主催者の方とちょっとした知り合いで、今から楽屋まで花を届けるんですが、ついでにそちらのパンフレットにサイン戴いてきますよ、と……うぅ、どうしよう。絶対変なヤツだと思われている……!」

杏が意味が分からないといった俺の心境を代弁するように、女の子に首を傾げれば女の子はわたわたと早口で理由を述べてくれる。

挙動不審な子ではあったが、嘘はついていないようだし、声をかけてくれた理由にも合点がいった。
……ただ、こんなに小さい子にまで心配されるほど、落ち込んでいたんだろうかと、少し気恥ずかしくなる。

「お兄ちゃん、よかったわね!あ、あの、よろしくお願いしますっ」

丁寧に頭を下げた杏に続けて腰を折り曲げた。
女の子は余計に慌ててから、任せてくださいと笑ってくれたのだった。

「あ。サイン用に名前を教えて下さい!」

「ほら!お兄ちゃん、早く」

「あ、あぁ。俺は橘桔平だ」





暫くして、楽屋から戻ってきてくれたあの女の子は、サイン入りのパンフレットを手渡してから去っていった。
橘桔平さんへと綴られたサインを見て、心から幸せな気分になる。

「……うぅん、私気になってたんだけど。あの女の子、どこかで見覚えがあるのよね」

「そうなのか?」

不意にぽつりと呟いていた杏に、聞き返してから俺も妙な記憶の片鱗に気づいた。

……一体どこで?

首を傾げたのと同時に杏がぽんっと手を打つ。

「テレビ!!あの子、奇跡の少女よ!」

「そういえば……」

朧気に思い出してから、ふっと口元が緩んだ。

……小学生ぐらいだと思って大変申し訳なかったと、心の中で謝った。

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