待ち合わせ場所に来た夢野は、息を整えた後、花屋で花を買いに行かせて欲しいと言い、会場があるビル内の一階に向かう。
このビル内には、様々な飲食店や高級ブランドの店が並んでいた。
もしこのような機会がなければ、俺はなかなか足を踏み入れない場所だろう。
同じ年代で似合いそうなのは、氷帝の跡部ぐらいである。
「……すみません、買いました!」
「……うむ」
暫くしてから、籠に入った小さな花束を抱えて走ってきた夢野に目を細めた。
「……そういえば、ご両親のご友人だったか」
「はい!小さい頃からお世話になったご夫婦が主催者さんなんです」
「そうか。演奏が楽しみだ」
「きっと気に入りますよ!」
ニコニコと語る夢野に、彼女の両親が亡くなっていることを一瞬忘れそうになる。
不思議な人物だ。
そばにいるだけで、ついこちらまで笑ってしまう。
「……わぁ、いい席を用意してもらえたみたいですっ」
少しばかり困ったように笑いながら、薄暗い室内の段差を歩いていく夢野の後に続いた。
不意に前で体勢を崩した夢野の腕を掴めば、どうやら段差を踏み外したらしい。
転ばなくて良かったと告げれば「真田さんが男前過ぎて辛い」と嘆かれた。
……意味が分からん。
まぁそのたまに意味がわからない部分もあわせて、夢野のいいところなのだろう。
「…………」
約二時間。
身体の芯に響くような音は、ぞくぞくと何かを掻き立てられるようで。
主役の和太鼓だけでなく、竹笛や名前も知らなかった外国の楽器の音色にも心を動かされた。
そして誰よりも真剣に奏でられる音楽に向き合っている、隣の夢野の横顔にも息を飲む。
……俺たちが日々打ち込むテニスと同じように、この音楽の世界は彼女にとって特別なのだと感じた。
その目に見ている世界は違えど、きっと俺たちは似たもの同士なのだ。
だからこそ、あの短い合宿の間で、夢野に惹かれたのだろう。
ドォン……と低く唸るように響く太鼓の音が、ドクンっと大きく鳴り響いた心臓の音と重なったような気がした。
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