「……あ、あはは」
不動峰中学正門で行われているやり取りを電柱の陰から見ていた俺たちだったけど、数分ぐらい三人の男子と話していた夢野さんが突然引き返してきたものだから逃げることが出来なかった。
誤魔化そうにも乾いた笑いしか出ない。
及川さんが言うには、あの三人の内前髪が特徴的な男子が、夢野さんが一目惚れした相手だと言っていたけど、俺がみている限りどうもそんな雰囲気じゃなかった。
どちらかというと、肩まで髪を伸ばしていた男子とよく話していたみたいだし。
「うぅ、ごめんなさぁい〜っ」
「……タマの勘違いだったみたいね」
「は、話が見えない!」
突然泣き出した及川さんと溜め息をついて頭を抱えている篠山さんの二人に、夢野さんはひどく困惑しているようだった。
「でもでも〜っ、詩織ちゃんが一目惚れしてなくて良かったC〜!」
「だから、始めからこんなこと馬鹿らしいとあれほど……」
夢野さんに抱きついた芥川さんに日吉が眉間に皺を寄せる。
「あ、あぁ、でもほら。俺たちは夢野さんが絡まれた時、助ける為についてきたわけですし。何事もなくて良かったですよね、宍戸さんっ」
「急に俺に振るなよ。……まぁ、及川とジローは激ダサだけどな」
俺と宍戸さんの台詞を聞いてから、やっと状況が掴めたらしい夢野さんは「……なるほど」と手を打った。
それから満面の笑みを浮かべて、「心配してくれてありがとう」と背中を叩かれる。
少し力加減が痛かったけれど、白い歯を見せて笑う夢野さんに何もいえなかった。
「鳳くん、もうここらへんでいいよ?」
あれから及川さんがお詫びにとファーストフードを奢ってくれて、談笑した後にそれぞれ帰路についたわけだけど、どうやら俺の家と夢野さんの家が方向的に近い場所にあるみたいだから、近くまでと送ることにした。
「え、でも……まだ先なんだよね?」
「あ、ほら。鳳くんのお家から遠くなるし」
遠慮しているのか、夢野さんは手をパタパタ上下に動かして落ち着きがない。
なんだかこういうのって余計に放って置けなくなるんだよなぁ。
「……あ、そういえばヴァイオリンの、二重奏いつ合わせられそうかな?」
話をふってみたものの、少し緊張した。
前回の反応をみてしまっている分、また傷つけてしまったらどうしようとドキドキする。
だけど、俺の心配をよそに夢野さんは小さく唸ってから、笑顔を見せてくれた。
「明日も明後日も用事があるから……月曜日の昼休みにとかダメかな?」
「わかった。音楽室の確保は俺に任せて。楽譜も幾つか持って行くし……あ、連絡どうしようか」
なんだか嬉しくて自分の声が弾んでいるのがわかる。
夢野さんと携帯電話の赤外線通信をしている間も、俺は妙に他愛もない台詞が口から滑り出ていた。
「……そういえば、休日の予定は埋まっているんだね。及川さんたちとどこか出掛けるの?」
「え?あ、ううん。明日は和太鼓のコンサートがあって……明後日は両親の墓参りに行こうかなって。ほら、母の日だから」
「……そうか。母の日、だよね。ごめん」
「え!なんで謝るの?!」
少し寂しそうな表情をした夢野さんに謝ったけど、確かに今謝っちゃいけなかったかもしれない。あぁ、俺ってどうしてこう無神経なんだろう。
「……鳳くんのお母さん、きっとすごく美人だよね!花が似合うはず!というか、鳳くんも似合う!」
「……ははっ、母さんが聞いたら喜ぶよ。ありがとう」
俺の小さな反省を慰めるようにまた笑ってくれた夢野さんに心が温かくなった。
結局、彼女のマンション前までついて行ってしまっていたけど、引き返した道のりは全く苦じゃなくて。
約束した月曜日が待ち遠しい。
……あぁ、そうだ。日曜日は母さんに両手いっぱいの花束でも買おうかな。
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