しかも奢らされたのである。百歩譲って女の子に奢るのはいい。だが何故深司に奢らなきゃいけないんだ。
これで今月買う予定だったCDを一枚諦めなければいけない。
大体、俺は部活が休みだと聞いて、杏ちゃんをストリートテニスに誘ったはずなんだ。
なのに、杏ちゃんは用事があるからと……今考えても、結果どうしてこうなったのか。
……納得できねぇぜ。
「……くそ」
ストレスの所為だろうか。深司みたいにボヤいてしまったようだ。
俺は気を取り直して、スニーカーを履いているつま先をトントンっと地面の上で跳ねさせた。
不動峰のジャージの襟を正し、息を吸う。
「……鬼太郎みたいな髪型だぁ……」
チラリと視線を向ければ、隣のベンチに座っている女の子だった。……顔は可愛いのになんて失礼なヤツ。
とりあえず、早く深司たちのところに戻ろう。
そう考え、俺はいつもの台詞を口にした。
「リズムにのるぜ♪」
「っ?!ぶふぅ!」
「ちょ、ちょっと、詩織ちゃん〜!」
……げほげほっと未だにせき込んでいるその子を睨みつける。その子の友人らしき子が「あー、ごめんなさいー」と頭を下げてくるが、依然当の本人は顔を真っ赤にして息苦しそうにしているままだ。
さすがにそこまで長引かれると不愉快どころか恥ずかしくなってくる。俺も顔が熱くなってきた。
「……はぁはぁ、すみません。申し訳ないです、ただ、ただその……」
やっと顔を上げた詩織と呼ばれたその子は、息を整えながら真っ直ぐに俺を見つめてくる。
思わずたじろいだ。
「……あなた、リズムの人ですか?」
……リズムの人ってなんだ。
確かに口癖にはリズムが入っているが、見ず知らずの同い年の女の子にまで知れ渡るような有名人であるわけがない。
ただの男子中学生のはずである。
それからぶつぶつと「……絶対この人だ」とか「……待って、もしや……コートにいるんじゃ」とか独り言を喋り始めて怖かった。
否、この独り言の感じは俺の身近なヤツに瓜二つである。
「……リズムに乗るぜ!」
「「あ」」
とりあえずヤバいヤツと関わりたくはなかったので、ダッシュで逃げたのだった。
「……はぁはぁー」
「……あ、おかえり……遅かったね、神尾。……ホント待ちくたびれたよっていうか、何?なんでそんなに息乱してんの……あー、もしかして、奢らせたから?……しょうがないなぁ。わかったよ、悪かった。奢らせた上に買いに行かせてさぁ」
「……お前の女版みたいな子がいたぜ?!否、深司よりかは声でかいし、愚痴っぽくはなかったけど!」
「はぁ?……俺の女版って……なんか色々失礼なこと言われてる気がするなぁ……」
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