そう微笑んだ篠山さんに「さすが樺地くん、あの身長だから有名なんだね」と思っていたら、口にでていたらしく、何故か笑われた。
「……まぁ彼が有名な理由は」
「「きゃあー!跡部様ぁっ!!」」
学食へと三人で向かっていると、突然学食の中心からそんな黄色い悲鳴が聞こえる。
「……なに」
「あ〜跡部様かっこいい〜」
及川さんの瞳がハートに見えた。
どうやら、ここには「跡部様」なるアイドル的存在がいるらしい。
学食の端っこに席を確保しながら、騒がしい中心に目を向ける。
「ぶっ?!」
「跡部景吾、かの跡部財閥の御曹司よ」
私が吹き出したのは、学食の中心が……否、その跡部様なる方のテーブルのみが白いテーブルクロスに覆われ、まるで高級レストラン化していたからだ。
「あー跡部様ー」
え、あれはギャグみたいにしか見えないのですが……否、確かに、確かにイケメンです。
でも、うん。
そう言えば榊おじさんもよく常識外のことするし……お金持ちの考え方はわからない。
「……ふふ、で、その斜め後ろに」
「あ、樺地くん!」
篠山さんはどうやら跡部様ファンではないらしく、冷静に私に説明を続けてくれた。
どうも跡部様は毎週金曜日は、学食で必ずランチを召し上がられるようだ。
そして彼は生徒会長であり、テニス部部長だと教えてくれた。
そして樺地くんも、今跡部様の周りにいる何やら華やかなイケメンの人たちも全員テニス部で、正レギュラーや準レギュラーだという。
「……樺地くん、すごいんだね」
「あら、詩織ったら……今の説明を聞いてその反応なのね」
篠山さんはクスクスと笑いながら、お弁当を広げていた。
いつの間にか、及川さんは食券を握り締め列に並んでいる。
でも瞳は跡部様を熱心に追っていた。
「……ん、じゃあ頑張って渡してくる。ちょっと怖いけど」
「え?」
自分のお弁当箱は篠山さんの前の席に置いて、私はパイの入った包みだけを持つ。
幸い、跡部様グループはたくさんの女子に囲まれてはいるが、彼らと彼女らの間には空間が出来ている。
これならば、樺地くんにお礼を渡せるはずだ。
「詩織、ま、待って?!今行ったらきっと……っ」
篠山さんの声は、黄色い歓声にかき消され、私には届かなかった。
「すみません」
私は人混みを掻き分けて、樺地くんに声をかける。だけど、その瞬間に一斉にみんなが私を睨んだ気がした。
……否、睨まれてる。
「アーン?なんだ……雌猫」
「違います」
雌猫っていわれるとは思っていなかったので、少々ムッとしたけれど、他の皆さんも、どうやら私が跡部様に近付いたと思われているみたいなのですぐに否定する。
というか自意識過剰過ぎるよ、跡部様。アーンって鳴き声ですか、跡部様。
ムッとした分は心の中で毒を吐いた。
ちょっとすっきりしたので、樺地くんに向き直る。
視界の端で、跡部様はポカンと口を半開きにしていた。
「……こほん。樺地くん、昨日は助けてくださってありがとうございました!これ、お礼です。つまらないものですが、お受け取りください。ではこれにて失礼!」
矢継ぎ早にそう言って、脱兎のごとく逃げ出す。
後ろで「……ウス」と聞こえたので、たぶん受け取って貰えたはず。
あぁ、眼力で殺されるかと想った。怖かったよ、なんで行けると思ったのかわからない。
「……私も詩織の性格がわからないわ。そんなに怯えるなら、行動を起こす前にして?」
席に戻れば、ため息混じりに篠山さんに苦笑された。
及川さんは「跡部様と話せるなんて羨ましい〜。でも、ファンクラブの人に怒られちゃうよ〜」と笑顔にのんびり口調で恐いことを言われる。
私は学食の白い壁をひたすら見つめながら、お弁当を食べるしかなかった。
数人から視線を感じていたけど、怖くて見れない。
不意に流夏ちゃんが、詩織は行動力はあるけど後で後悔するタイプよねー。天然の小心者って自分で逃げ道無くすから、見ていて厭きないわ。面白すぎて。と、ドSな表情で言っていたのを思い出した。
「それにしても『というか自意識過剰過ぎるよ、跡部様。アーンって鳴き声ですか、跡部様』だなんてよく言えたわね」
「え」
「あら無意識」
綺麗に微笑んだ篠山さんはいつかの流夏ちゃんと重なった。
…………死にたい。
食堂の壁をぶち破って逃げようかと妄想していたら「ここは二階だから大怪我しちゃうわよ」とツッコまれた。
どうやらまた口から出ていたらしい。
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