それさえ口に出していたことを、きっとあの馬鹿は気付いていないんだろう。
部室のロッカーの中に荷物を置いてから、俺は小さく息を吐く。
ここは正レギュラー、準レギュラーのみが使用していいことになっている部室だ。
隣に平部員専用の部室はあるが、内装は馬鹿みたいに違う。
「……あぁ、日吉。今日も早いねー」
部室の扉が開いたかと思えば、穏やかな笑みを浮かべながら、正レギュラーの滝さんが入ってきた。
「おはようございます」
礼儀として挨拶を返せば、滝さんも「うん、おはよー」と返してくる。
ぴょんぴょん跳ねて年下みたいな先輩と、丸眼鏡をかけた関西弁を喋るいい加減な先輩、半日以上寝てるくせにレギュラーの先輩に比べれば、好感度の高い先輩だ。
「……ねぇ日吉。今朝は機嫌がいいみたいだけど、何かいいことでもあったかい?」
「……いえ特には」
一瞬心臓がどきりとしたが、なんとか平静を保つ。
滝さんはそれ以上突っ込んでは来なかった。
やがてレギュラーが集まりはじめ、ミーティングが始まる。
その時、鳳が空気を入れ換えようと窓を開けた。
「……あ〜」
刹那、今までソファに寝転がっていた芥川さんが飛び起きた。
「この音色だ〜、跡部ーぇ、聞こえるC〜?」
「アーン?」
「なんや、ジローがこない反応するやなんて、珍しいなぁ」
昨日練習を真面目にしていたかと思えば、芥川さんはこの音色でやる気が出たんだと言い出していた。
「……ヴァイオリン、ですかね?」
鳳がぽつりと呟いた台詞に跡部さんが「あぁ」とだけ呟く。
「……オケ部の朝練かなんかじゃねーの」
向日さんがそう言った後、すぐにミーティングは続けられた。
……本当は、オーケストラ部の練習でないことはわかっていた。
聞こえてくる方角、あれは俺のクラスの教室がある棟だ。
「……馬鹿女」
「ん、日吉。どうかしたかい?」
「……いえ、なんでもありませんよ」
一人呟いた台詞を拾ったのは滝さんだった。
意味深な笑顔が少しかんに障ったが、何事もなかったように会話を終わらせる。
……脳裏に浮かんだのは、アイツが大事そうに抱えていたヴァイオリンケースだ。
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