揺らいだのは心の水面
「……え、夢野さん……?」

「は、はい!ごめんなさい、夢野です。幸村さん、こここれどどうぞ」

ひどくどもりながら、夢野さんが俺の病室の扉を開けて顔を覗かせていた。
器用に右手だけを伸ばして、綺麗な花束を突き出している。

「……くす、中に入ってくれていいよ?」

「……あ、し、失礼します」

職員室とか面接とかじゃないんだから。
彼女の言動と動作がおかしくてつい笑ってしまった。

「ご、ごめんね。お見舞いにきてくれてありがとう。夢じゃない……よね?」

「え、あっ、はい。私、現実の私のはずですが……?」

首を傾げた夢野さんがベッドのすぐそばまで来てくれたので、そっと手を伸ばして彼女の指先に触れる。
体温の温もりが伝わってきて目を細めた。

「……ふふ、本当に現実だ」

夢野さんがボトリと床に花束を落としてしまって慌てて拾っているのを見て声を出して笑ってしまった。

あぁ、本当にあの夢野さんがここにいるんだと実感がわく。



それから彼女が花瓶に持ってきてくれた花をいれてくれて、暫く軽い話をした。
本当にそれは他愛もない会話で。
何故わざわざ夢野さんが俺のお見舞いに来てくれたのかなんてことは聞けなかったけれど、ただ来てくれたことが嬉しいから実際理由なんてどうでもいい。


「……あの、私そろそろ帰りますね」

「そっ……か」

簡易椅子から腰をあげた彼女に胸がじわりと切なくなった。

時計を見れば、二十分ほど話していたらしい。

「あの、夢野さん──」

──また会える?

そう聞くのが怖い。

飲み込んだ言葉の代わりに精一杯微笑んだ。

「来てくれて本当にありがとう」






「……精市、どうした。今日は体調が悪いのか?」

それから入れ違いのような微妙な僅差で、蓮二と真田がお見舞いにきてくれた。
ベッドの上で、夢を見ていたように呆然としている俺に蓮二が心配そうに眉根を寄せる。

「……いや」

だから簡潔にそれだけ述べて首を横に振った。

気分はいい。
それもいつもより。

僅かな時間、彼女と同じ空気が吸えただけで至福の時だった。

だけど、俺は我が侭だから。
寂しいと思ってしまう。もっと君といたかったと叶わぬ願いを抱いてしまう。

「む、この花は……」

「俺たちの前に誰か来ていたのか?……ふむ、赤也たちではないようだが」

「……あぁ、たぶん真田と蓮二が知らない人だよ。否、蓮二は知ってるかもしれないけど、内緒。フフ」

小さく肩を竦めてから、ハッと顔を上げる。

そうだ、今なら──


「──あれは……っ」

病院を出て行く夢野さんの姿を目で追えるかもしれない。
そう思い窓の外を覗いたが、結果俺の心は酷く波立つことになった。

病院の敷地を道路に向かって歩く夢野さんの隣には男がいたのだ。
しかもその男を俺は知っている。
後ろ姿だけでもはっきりとわかった。

「……あそこにいるのは、氷帝の忍足と──」
「あぁ、先ほど神奈川にいるとメールが届いていたが、この病院に用事だったのか」
「──弦一郎、やはり先程のメールの相手は彼女か」

……ちょっと待って。

夢野さんが氷帝の忍足と肩を並べて帰っているだけでもショックなのに、この二人は何を話しているんだ。

まるで彼女と仲がいいような口ぶりじゃないか。

「……二人とも、詳しく話してくれるかい?」

ゆっくりと笑顔で振り返った俺の顔を見て、何故か蓮二は小さく息を吐いていた。

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