「お、おぉお」
「え、何唸ってるん?」
男の子と二人っきりで電車に乗るのとか、並んで長い距離を歩くのとか初めての出来事で、緊張し過ぎて言葉にならない。
う、うぅ、まさか忍足先輩に変質者を見るような目で見られる日が来ようとは……!解せぬ。
神奈川の下車駅についてもなお、私は挙動不審だった。ぎゅうっと背負っているパンダリュックの肩紐を握り締めながら辺りをキョロキョロする。
忍足先輩が中学生にも関わらず長身で色っぽいのがいけないと思うんだ。学生服着てなければ、ホストである。否、氷帝の制服では既にそう見えてしまう可能性もあるが。
「……ん?」
そんな時だった。
携帯電話がブルブルと振動を伝えてきている。誰からだろうと着信を覗けば、まさかの真田さんからのメールだった。
「……和太鼓コンサートの詳細送るの忘れてた!」
「……和太鼓?」
首を傾げた忍足先輩に慌てて口を塞ぐが、どうやら彼の位置から真田さんという文字が見えたらしく「……立海の真田?」と続けられてしまった。
とりあえず一度頷いてから、日程と時間についていくつかの候補を出してメールを返信しておく。
「……なんで真田と和太鼓コンサートに行くん?」
「……な、成り行きで」
忍足先輩が「ふぅん……」と相槌を打っていたが、どうにも顔が納得していない。否、私も真田さんと和太鼓コンサートに行くなんて未だに現実なのか頭と心の準備が追いついていないのですが。
「……今でもそないな感じやのに、大丈夫かいな」
「え?」
一人混乱していたのがバレていたらしい。苦笑した忍足先輩が私の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
……どうしよう。
今の忍足先輩の仕草にキュンとしてしまった。なるほど、これが忍足先輩がモテる秘訣か。顔も良くて身長も高くて意地悪かと思えばたまに優しい。……丸眼鏡は関西弁とともに怪しさを醸し出すだけなのでやめた方がいいとは思うが、もしかしたらそれもミステリアス的な魅力なのかもしれない。
…………男子中学生にミステリアスって。私はアホか。
「と、とりあえず!あそこの花屋さんでお花を買ってもいいですか!!」
「だ、大丈夫やけど、急にどないしたん?」
「いえ、知り合いの方が入院されているのを思い出したので」
誤魔化すようにそう言って忍足先輩に笑顔を見せる。またひきつってしまったかもしれないけど、今はこのときめきを悟られてはならぬ。
それにお見舞いしようと考えていたのは、病院へ行くことになった時からである。
……幸村精市さん。
確か彼はそう名乗ってくれたはず。
神々しいまでに綺麗な微笑みを携えた彼は、元気だろうか。
……親しくもない私がお見舞いにいっても迷惑かもしれないけれど。
それでもなんとなく行こうと思ったのは、私が入院していた時に時間が冗長に感じて寂しかったからかもしれない。
結局は自己満足だけど。
そう心の中で呟いた。
「……ほなまた後でな」
病院の玄関ホールで一旦別れることにして、一時間後ぐらいにまた落ち合うことになった。
まさか帰りまで一緒だとは考えていなかったが、それが忍足先輩の優しさだろうなと思い、元気よく「はい!」と返事を返す。
一瞬驚きながらも「ん、良い返事や」と笑ってくれた忍足先輩が再びちょっと眩しかったのは内緒だ。
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