滝先輩の頼みごとを聞き終えて部屋に戻るまでの道のりが最悪だったのだ。
何が最悪だったかというと、まず跡部様の豪華な部屋から出たら、なんと手塚さんと大石さんに出会った。これだけならばまだ耐えれる。手塚さんは無表情のまま去って行かれたし、大石さんも気遣いのできる方なので「あ、大丈夫!夢野さん似合ってるよ!」とフォローしてくれた上に去っていって下さったので。
だが曲がり角の向こう側にいた薫ちゃんと桃ちゃんとリョーマくん、そしてそのリョーマくんに「コシマエー」とまとわりついている金ちゃんとその保護者的存在の石田さんと毒手の白石さんに見つかった時は、死亡フラグを踏んだのかと思った。
何せ桃ちゃんは廊下中に響く笑い声を上げるし、金ちゃんはこれでもかってくらい大声で叫んでくれた。
「なんでねーちゃん、メイド服なん?!え、ねーちゃん、氷帝におる、謙也の従兄弟のメイドなん?」
と。
この時ばかりは金ちゃんの無邪気な笑顔が異様に憎たらしく見えた。というか、何故彼が氷帝におる、謙也──ん?あれ、ヘタヤじゃなかったっけ?──の従兄弟のメイドなん?と忍足先輩限定にしたのには理由がある。
私の後ろに忍足先輩がついてきていたからだ。なんというか、部屋まで送ったるわと至極迷惑な親切心を見せてくれたためである。
「んなわけあるかい!絶対ないっっ」
そう叫んで廊下に並ぶ部屋の一室から飛び出してきたのは、忍足先輩の従兄弟、四天宝寺の忍足さんだった。その後ろに笑いをこらえて小刻みに震えている光くんがいるのが見えた。……もう嫌だ。
「……なんでんな格好してんだ……」
「それは障害物競争の優勝者滝の頼み事だよね?ふふ」
「夢野ちゃん、似合ってるよん!」
狼狽えている薫くんの問いに答えようと口を開けたら、また違う部屋から不二さんと菊丸さんが出てきた。……あ、違う。その後ろに驚いた顔の河村さんも見える。
あまりにも恥ずかしくなって視線を泳がせていたら、リョーマくんと目があった。
「……でも、その格好で出歩く理由はないよね」
ごもっともである。だが、言わねばならぬ。私は滝先輩の戦略に嵌って着替えを持ち合わせていなかったことを。
ポカンと口を開けて未だに一言も喋らない毒手の白石さんもなんか恐いし、従兄弟同士でわけわからない張り合いをしている忍足先輩らもなんか嫌だ。……あ、石田さんも一言も口を開いていないが、さっきから同情するような視線を向けられている。
「これは不可抗力でね、私は巧妙な罠に嵌った哀れなパンダなのだよ」
「……パンダって」
呆れたようなリョーマくんと、ちょっといい加減笑うのやめてくれないかなと言いたい桃ちゃんを見ながら、私は滝先輩の策略を語ろうとした。したのに──
「……っ、夢野!貴様、なんという破廉恥な格好をしとるか!けしからんっっ」
──もう終わった。
ちょうど風呂上がりの立海メンバー全員が、不二さんたちの後ろに立っていたのである。そしてペンションを揺るがすような真田さんの怒鳴り声に、一斉に残りの扉が開いたのだった。もちろん、後ろから跡部様たちも何事だとやってきた。
そう。
つまりは、私、夢野詩織はメイド姿をテニス部の人たち全員に見られて、もしくは、見せてしまう羽目になったのである。
「詩織ちゃんのメイド服見れるなんてラッキー」
「……は、はははっ。千石さん、みんな見てしまいましたよ。ごめんなさい、お願いします、もう何も言わないでください」
パンダの着ぐるみ、チアガール、メイド服……何を晒しているのだと、私は盛大に自分にツッコミましたとも。
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