究極の馬鹿だ
「…………」
「……」

光のない黒い目玉を睨みつけたまま、俺は深いため息を吐いた。

「…………お前、そんな趣味があったのか」

ぶんぶんっと激しく首を横に振り、俺の言葉に否定の意志を伝えているみたいだが、そんな格好をしておいて、じゃあなんだというのだろうか。

「日吉、お前そんなとこで何して──うわっ、誰だよそのパンダの着ぐるみ!」

「……わかりませんか?間違いなく夢野だと思いますが」

テニスコート横で立ち尽くしていた俺に近付いてきた向日さんが大袈裟に叫んだので、近くにいた何人かが視線を向けてきた。俺の返答に「ぶほぁ、詩織?!何してんだ!」とさらに大声を上げる。そんな向日さんに夢野は両手両膝をついてひどく落ち込んでいた。……ように見えるが、パンダの着ぐるみなので表情はよくわからない。

「ぶっ!あかん、本気でそれ着てきたんか!ほんまオモロい子やなぁ。大人しゅうもう一着の衣装着てきたらえぇのに」

「……っ、一応中に着てきましたよ!……っていうかどうして若くんは中身が私だと気づいたんだ?!嬉しいけど、ヒドいよ!若くんっ!……そしてそこの岳人先輩は笑いすぎだし!その後ろの大人は一番非道い!」

「……否、俺はヒドくないだろう。それで、どういうことですか、四天宝寺の渡邊先生」

笑いながら四天宝寺の顧問が近付いてきたら、パンダの頭を脱いで夢野が嘆き始めた。隣で腹を抱えて笑っている向日さんは無視して、取り敢えず渡邊先生に尋ねる。

「あぁ、俺はチアガールの衣装を勧めたんやけどなぁ」

「……意味が分かりません。とにかく、何故彼女がここに?」

「それはなぁ──」
「オサムちゃんっ!夢野さんに何やらしとんのや?!」
「──おー、白石ー」

話が進まないことにイライラした。思わず口から漏れた舌打ちに向日さんが笑うのをやめ、青白い顔で俺を見上げる。……そこまで険しい表情になっていただろうか。

「……あ、あのね、若くん。なんかね、私は榊おじさんと他顧問の方々に呼ばれたのですよ……」

恐る恐る口を開いた夢野に深いため息を吐く。そんなことぐらいはわかる。俺が聞きたいのは、何のために夢野が呼び出されたか、だ。この際ふざけた衣装のことはスルーすることにした。

「あぁ、夢野さん、来てくれたんですねぇ。……さて、皆さん、今から裏山エリアを使って障害物競争をしますよ〜」

「ば、伴爺?」

急に山吹の顧問が笑顔のままそんなことを口にし、千石さんが驚いたのか目を見開く。

「ちょいとお待ちよ!何あんたが仕切ってんだい!このアイディアは発案アタシなんだからね?!」

「あはは、まぁいいじゃないですか。……怒ると皺が増えますよ。あぁもう気にしても手遅れですかねぇ」

「なんだってぇっ?!このクソ爺っ!」

……何を喧嘩しているんだ。あの先生方は。
もう呆れて溜め息しか出ない。何度目かのため息をつけば、俺と同じく溜め息をついていたらしい跡部さんがざわつくテニス部員に向けて指を鳴らした。

「いいかお前ら。今から先生方発案の障害物競争をやる。場所は裏山だ。障害物の準備は既に整い済みだ。……ちなみに、個人戦だからな。下位5名には青学、乾の作成した健康ドリンクってやつを飲み干してもらう。上位5名は夕食が特別メニューだ。お前らじゃなかなか口にできない高級食材だぜ。……それから」

そこまで説明した跡部さんはチラリと視線を夢野に向ける。ちょうど夢野は流石に暑くなったのか、パンダの着ぐるみを脱いでいるところだった。……まぁ下に着ていたチアガールみたいな衣装に俺は額を手で覆ったが。

「……さらに優勝者はそこの夢野が一つ頼み事を聞いてくれるらしい。と俺は聞いているが、お前それでいいのか?」

「え、あ、頼み事でいいのか!……こほん、なんだ賞品とかいうから何事かと……あ、はい!ヴァイオリンぐらいしか自信はありませんし、デザートをくれと言われても一つしか差し上げられませんが、私に出来ることなら、頑張ります!」

跡部さんの言葉にホッとしたようにそう笑った夢野は心底馬鹿なんじゃないかと思った。
今明らかにうちの忍足さんとか山吹の千石さんとかが意味深な笑みを浮かべたんだが。

「……チッ、安請け合いしてんじゃねぇよ」

俺が思っていたことを口に出したのは、立海の切原だ。夢野にも聞こえたんだろう。びくりっと肩が震えていた。



「だが、切原のいうことはもっともだ。お前、頼み事がセクハラ紛いのものだったらどうする気だ?」

榊監督が障害物について説明を始めた時に、俺はこそりと夢野に耳打ちする。

「あはは、若くん、私なんかに誰がそんなこと──」
「詩織ちゃん、俺が優勝したらデートしてねー!」
「千石、悪いけどそれは俺が貰うわ。詩織ちゃん、生足綺麗やで」
「──ぉおわ、ちょ、若くん、物好きな人がいた!ど、どどどうしよう?!あと、丸眼鏡の人がイヤらしい!」

横からかかった声にやっと跡部さんが敢えて聞き返していた意味が理解できたらしく、夢野は急にオロオロとし始めた。

「今更気づいても遅い。……取り敢えずあの人たちが優勝しないことを祈っておけ。まぁ跡部さんや真田さん、手塚さんもいるし──」
「う、うん!若くん、お願いします!優勝してくださいっ」
「──くそ、本当に馬鹿だろう、お前は」

必死な顔で俺に言う夢野から思わず顔を背ける。
もちろん、言われなくても優勝して下剋上だと考えていた。それは本気だ。

だが何故だろう。
余計に負けられなくなったような気がして、増した重みに頬の筋肉が緩むのは。


「…………俺もたいがい馬鹿だな」

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