*手のひら姫君
「……君は本当に可愛いよ。愛しい僕の姫君、世界で一番美しい人……心からそう思ってる」
そっと呟いた、心からの讃辞は
きっと 届いてはいないだろう。
疲れ切ったように眠る美しい横顔を眺めながら、僕はそっと息を吐いた。
『佐助さん、もう本当に心配したんですよっ?!』
「あはー、ごめんって」
階段を下りたところで、一階の書斎前の会話が耳に入ってくる。
……居間に姿がないと思えば、こんなところにいたのか。
しかも二人っきりで、なんて解せないな。
「いやぁ、でも俺様そこまで心配してもらえて幸せかもー。夢子ちゃん、本当は俺様が一番好きなんじゃないの?」
『……っ、知りませんっ!』
廊下に顔を覗かせば、真っ赤になった面をニヤニヤしている佐助君からそらしている夢子君の横顔が見てとれた。
少し拗ねたようなその表情は、どこか可愛らしい。
「……」
そこではたと、佐助君と目が合う。
彼は厭らしい笑みを浮かべてから、わざとらしく夢子君に抱きついた。
ふぅん、いい性格しているよね。
僕の前でそんなことをするだなんて。
『きゃ、さ、佐助さんっ?!私、怒ってるんですからっね?!』
「はいはいー、キスするから許して?」
『なっ?!』
人差し指で唇をなぞられて、夢子君はさらに赤くなった。
「……そこまでだよ」
僕は溜め息混じりにそう言い、夢子君を横から攫う。
すっぽりと、僕の腕の中に収まってしまうんだから、夢子君は小さい上にか細すぎるね。
佐助君は面白くなさそうに唇を尖らせたが、何か嫌みを発言する前にどこからともなく現れた風魔君に拳骨を頭上に落とされてから、引きずられていった。
あの様子では、風魔君もどこかでこの二人のやり取りを静観していたのだろう。
もしかしたら僕がでる時を遅らせれば、風魔君が佐助君を止めたかもしれない。
『……あ、あの、半兵衛さん、ありがとうございます』
「否……」
少し苛ついていた僕は、自身の前髪をいじってから夢子君から視線をはずす。
『半兵衛さん……?』
その様子に気付いたのか、彼女は小首を傾げていた。
「……君はそういう機微には敏感なのにね」
『え、っと、すみません?』
困り顔になった彼女に思わず溜め息が零れる。
面白くないのは、夢子君が佐助君に見せた表情たちがあまりにも可愛すぎたからだ。
あぁいうそそる表情は、僕だけに見せて欲しいんだけど。
「…………佐助君と僕が同類に近いといいたいのか、心外だよ」
『へ?』
趣向が似ているなんて鬱陶しい上に気色悪い。
僕の独白にさらに目が点になった夢子君をちらりと視界にいれてから、目を細めた。
びくんっと背筋を伸ばす様子に笑いが漏れる。
「……なに?」
『い、いえ、は、半兵衛さんの方こそ……先刻から一体何を』
その怯えた声に、僕の中でいい案が浮かんだ。
「別に?……だけど、そうだね。今から二人で外に出掛けようか」
にこり、と優しく微笑んで見せたつもりだったけれど、夢子君の目が涙目に変わっていたのを見れば、どうやら心が透けてしまったようだ。
しまった、なんて微塵も思ってないけどね。
諦めたようにコクコクと首を縦に振る夢子君に僕は思わずほくそ笑んだのだった。
『そ、それで一体どこに?』
「考えてないよ」
『えぇっ?!』
「取り敢えず小腹が空いたね。……静かで味の良い茶屋がいいかな」
『…………それ、探せって言ってますか?』
「僕が夢子君に?バカだね。僕はただ希望を口に出しただけだよ?ふふっ」
(……瞳が笑ってないですよぉっ)
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