*腹黒策士とヘタレなアニキ

『では、いってらっしゃいませ!』

バイト先のお店の出入り口である扉の前で、私は深々と頭を下げる。

お客様のお見送りなのです。

「……夢子ちゃんさぁ」

『……?』

顔を上げても、送り出したはずのお客様はそこにまだ立っておられました。

分厚いレンズと、黒いフレームの眼鏡を中指で押し上げられる。

「い、いつ終わるの?ここで待ってるよ。帰り、一緒に帰ろう?というか、本当に綺麗な手だよねぇ」

『……っ』

思わずビクッと肩を揺らしました。

不意に私の手を取られて、そろっと手の甲を指でなぞられたのです。

「あぁ、あは、その反応可愛いなぁ。鶴姫ちゃんも可愛いけど、夢子ちゃんも可愛いよ、ハァハァ」

そのまま撫でられながら、手をお客様の頬へと持っていかれた。

う、うえ……?!

こ、これはどうしたらいいのでしょうか?!

助けを求めるように視線を店内へと向ける。

元々人通りの少ない道路は、人の気配がしません。

店内にいるかすがちゃんと鶴姫ちゃんを目で追うけれど、二人は他のお客様の相手をしているので、気づいてもらえない。

……も、元親先輩っ

厨房を仕切っているカーテンから、元親先輩が出てこようとしているのが見えた。

真っ直ぐに私を見てくれています。

あぁ、これで……

「いたたぁっ?!」

「ふふ、悪いね。その子、知り合いなんだ」

『っ?!』

元親先輩が目を見開かれたと思えば、私はお客様から解放されていた。

何事かと振り向いたら、そこにはお客様の腕を後ろ手に捻られている半兵衛先輩の姿が……

え!いえ
なぜ、先輩がここにっ

「覚えてろよぉ!」

「はいはい。負け犬らしい台詞をどうもありがとう」

足早に逃げ去っていくお客様を視界にも入れず、半兵衛先輩は私にニコリと綺麗な笑みで微笑まれていた。

『せ、んぱ……あ、ありがとうございましたっ!』

「どういたしまして。ところで……」

意味深に目を細められた半兵衛先輩。

上から下までまじまじと私を見つめるその視線の意味を数秒考えて辿り着く。

『こ、これはぁあっ』

私は慌てて両手をバタバタとした。


「……くす、そんな慌てなくても。……可愛いよ?似合ってる」

後半部分を耳元で囁かれて、瞬間的に私は熱が上がります。

もうゆでたこみたいに真っ赤なはず。


「……っ、竹中、てめぇ」

「……やぁ。毛利くんには聞いていたけど……そのエプロン似合っているよ。ふふ」

「……っ!」

私と同じように、店内からやってこられた元親先輩がうっと唸りながら赤面された。

くすくすと可笑しそうに笑いながら、半兵衛先輩は「ま。二人とも……気をつけて」と去ってゆかれる。

「……に」

ぷるぷると握り拳を震わせながら、元親先輩は半兵衛先輩の背中に向かって叫ばれた。

「二度とくんじゃねぇーっ!!」

元親先輩が着けている黄色のエプロン。
たくさんプリントされている可愛らしいひよこたちは、相変わらず楽しそうでした。





(君がもたもたしていたのが悪いよ)

(アンタが来なきゃ、俺が夢子を助けてたんだよ!んで、怖かったです……とか抱きつかれて……!)

(……とか考えていたとしたら、馬鹿だよね)

(……なんか今不愉快な電波を受信したぜ)
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